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写真史で読む
この切り口に関連する記事は19本あります。気になるタイトルから順番に読めば、 ひとつのテーマを立体的に追えます。
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1960〜70年代 / 日本写真
アレ・ブレ・ボケとは? 荒れた写真が『雑』ではなく、切実だった理由
粗い粒子、ぶれ、ぼけが、なぜ戦後日本写真で重要な表現になったのかを、見た目だけでなく考え方からたどる最初の手がかりです。
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20世紀初頭 / 写真文化
『Camera Work』入門:写真を作品として見る文化を作った雑誌
スティーグリッツが編集したこの雑誌が、なぜ写真史で特別なのかを、印刷、展示、前衛との接続からたどる入門記事です。
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1974年以後 / 展覧会史
戦後日本写真はどう世界で読まれてきた? 展覧会でたどる流れ
MoMA、SFMOMA、近年の回顧展を手がかりに、戦後日本写真が海外でどう紹介されてきたかをたどります。
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1960年代以後 / 日本写真
森山大道入門:ざらついた街の断片が、なぜこんなに頭から離れないのか
都市の断片、アメリカ文化の気配、写真集という媒体との結びつきから、森山大道の写真へ近づきます。
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1968〜1970年 / 日本写真
『Provoke』入門:写真をわざと見えにくくしたのは、何を疑っていたから?
写真雑誌『Provoke』を、1968〜69年の短い活動がなぜ戦後日本写真の象徴になったのかという観点から見ていく記事です。時代背景と写真の見え方をたどります。
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1945年以後 / 日本写真
戦後日本写真入門:重たい歴史のあとで、写真はなぜこんなに鋭くなったのか
敗戦、占領、都市化、消費社会、反体制運動のなかで、日本の写真がなぜ切実で実験的になったのかをたどります。
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1900年代 / アメリカ
エドワード・スタイケン入門:写真が『気分』まで写せると示した人
《The Flatiron》や《The Pond—Moonlight》を通して、都市や風景がどのように詩的な写真へ変わるのかを見ていきます。
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実践ガイド
写真の『ぼけ』はなぜ表現になるのか:はっきり写らないことが、むしろ強いとき
写真のぼけやソフトフォーカスがなぜ表現になるのかを、キャメロンやスタイケンを手がかりにたどります。曖昧さが気配や感情を濃くする仕組みを見ていきます。
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1950年代以後 / 日本写真
東松照明入門:戦後日本を見つめた写真の、乾いた強さ
戦後日本とアメリカ、長崎、都市、沖縄という主題を通して、なぜこの写真家が戦後日本写真の軸とされるのかをたどる東松照明の入口です。
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1920年代〜1930年代 / パリ
写真とシュルレアリスム入門:現実を写すはずのメディアが、なぜこんなに夢っぽくなれるのか
マン・レイやアジェを手がかりに、写真がどのように現実感を少しずらすのかを一緒に見ていく、写真とシュルレアリスムの入門ガイドです。
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1860年代〜1870年代 / イギリス
ジュリア・マーガレット・キャメロン入門:ぼけているのに、なぜ人物が近く感じられるのか
ぼけや柔らかな光が、なぜ未熟さではなく人物の気配を濃くするのかを、代表作から見ていくジュリア・マーガレット・キャメロンの入門記事です。
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19世紀末〜20世紀初頭 / 欧米
ピクトリアリズムとは?写真が芸術になる流れを読む
写真が機械的記録に見られがちだった時代に、ぼけ、柔らかな光、演出的な画面がどんな意味を持ったのかを見ていく、ピクトリアリズムの入門記事です。
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1900年代〜1920年代 / パリ
ウジェーヌ・アジェ入門:静かな街の写真が、あとから効いてくる理由
派手な事件を写さないのに、なぜこんなに記憶に残るのかを、パリの街路、店先、空気の扱いからたどる最初の手がかりです。
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1890年代〜1910年代 / アメリカ
アルフレッド・スティーグリッツ入門:写真が『芸術』として立ち上がる瞬間を作った人
初期の都市写真から《The Steerage》まで、写真が芸術として見られていく流れをスティーグリッツからたどります。
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20世紀前半〜現在 / 都市と公共空間
ストリートフォト入門:通りの偶然が、なぜこんなに強く残るのか
街で起きる一瞬の配置や距離感が、なぜ作品になるのかを、アジェやスティーグリッツを手がかりに見ていくストリートフォト入門です。
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1900年代 / アメリカ
フォト・セセッション入門:写真を『美術として見る場』まで作ろうとした運動
スティーグリッツ、スタイケンらが、写真を美術として認めさせるために何をしたのかを、作品と展示の両面からたどります。
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