鮮明に写ることと、よい写真は同じなのか
写真が肖像や記録の技術として広がると、機械で作る像を美術と呼べるのかが問題になりました。写真家たちは被写体と光を整え、ネガや印画へ手を入れ、完成した一枚の調子を選びます。
MoMAはピクトリアリズムを、写真が絵画や彫刻と並ぶ美術になり得ると訴えた、国際的なクラブや協会の動きと説明しています。絵に似せるかどうか以上に、写真家の判断をどう見せるかが争点でした。
キャメロンは、ピントの甘さを捨てなかった
ジュリア・マーガレット・キャメロンは、大きく寄った肖像を撮り、当時の慣習より不鮮明でも感情の伝わる像を選びました。V&Aの調査では、彼女自身が作品を肖像、聖母子像、物語的な主題に分けていました。
《Ophelia, Study No. 2》も実在の女性をそのまま記録した顔ではありません。モデル、衣装、視線を使って、シェイクスピアの登場人物を演じています。頬の境目が柔らかいことで、個人の身元より役の気配が残ります。
スティーグリッツは、雪の日を待った
《Winter—Fifth Avenue》では、馬車も建物も降る雪に遮られています。メトロポリタン美術館が所蔵する一枚は、1893年に撮影され、1905年にフォトグラビュールで刷られました。撮影と完成した印刷物の間には12年あります。
悪天候は、街を飾る効果ではありません。雪が輪郭を消し、馬車が画面を横切る時間を長い露光で受け止める。天候と撮影技術が一緒になって、冬の見え方を作っています。
1902年、作品を見せる組織もつくった
スティーグリッツは1902年にフォト・セセッションを組織し、雑誌『Camera Work』を刊行しました。1905年にはニューヨーク五番街291番地に写真を展示する小さなギャラリーを開きます。撮影に加えて、どこで誰と見せるかまで整えました。
のちに彼自身も、より鮮明で加工を抑えた写真へ進みます。柔らかな写真から鋭い写真へ、技術が単純に進歩したわけではありません。ぼかすか、細部を残すか。その選択が写真の主題と結びつくようになりました。
一番よく見える場所と、消えかけた場所を探す
画面の中で最も輪郭がはっきりした場所と、背景へ消えかけた場所を探します。二点の間で目を動かすと、作者が情報を残した部分と手放した部分が分かります。
次に、すべてが鮮明だった場合を想像します。人物の役柄や雪の日の感触が弱くなるなら、ぼけは不足ではありません。作者が残したいものに合わせて、情報を減らした結果です。
作品で見る
よくある質問
- ピクトリアリズムは、写真を絵画の真似にしただけですか?
- それだけではありません。写真にも作者の選択と美意識があることを強く主張した運動でした。絵画に似せることより、写真を記録だけで終わらせないことが重要でした。
- ぼけているのに、なぜ評価されるのですか?
- ぼけは情報を減らします。その代わり、はっきり残した目や口へ注意が集まり、背景の細部は遠のく。ピクトリアリズムでは、この差を表現として使いました。
- ピクトリアリズムらしさは、どの作品から入るとわかりやすいですか?
- キャメロンの肖像写真から入るとわかりやすいです。人物が写っているので最初の比較がしやすく、境目や光の扱いが普通の記録写真とどう違うかも拾えます。








