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近代美術」の記事を16本まとめました。気になる作家や作品から読んでみてください。

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近代美術」の記事一覧

マネ《オランピア》

18〜19世紀 / フランス

問題作は誰が作る? サロンと批評の近代美術

制度
サロンは入選、評価、注文、名声を集中させる公開展だった
転換点
1863年の落選者展と1874年の印象派展が別ルートを可視化した

《草上の昼食》は落選し、《オランピア》は入選して酷評されました。同じ画家の二作品なのに、世に出た経路は違います。誰が選び、どこに掛け、新聞がどう語ったのか。絵の外側をたどると、「問題作」が画家だけの手で生まれたのではないことが分かります。

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ガボンのベツィ=ファンの作家による木製の守護頭部ンロ・ビエリ

19世紀後半〜20世紀 / ヨーロッパとアフリカ

「影響を受けた」の前に、作品が渡った道を見る

移動の背景
植民地支配、探検、交易、収集を通じて作品が渡った
近代美術への接点
人物表現、抽象化、素材、造形の再検討を促した

「アフリカ美術がピカソへ影響した」と一本の矢印を引くと、作品がヨーロッパへ渡った経路が消えます。誰が持ち出し、どこで展示し、元の用途や名前をどう扱ったのか。近代美術の革新を見ながら、その出会いを作った植民地支配、収集、市場にも目を向けます。

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船上の人物と階段やロープを切り取ったスティーグリッツ《三等船室》

1839年〜20世紀初頭 / ヨーロッパ・アメリカ

写真の発明は絵画をどう変えた?切り取り・複製・近代の視覚

転換点
1839年に複数の写真方式が公に紹介された
視覚の変化
偶然の切り取り、瞬間、複製可能な像が広がる

1839年に写真術が公表されたあとも、写実絵画は作られました。写真家は絵画の構図や光を学び、画家は写真を資料に使い、画面の端で人物が切れるような見え方も試します。『写真が写実を引き受け、絵画が自由になった』という一行では収まらない往復をたどります。

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エドゥアール・マネ《フォリー=ベルジェールのバー》

作品ガイド

鏡のずれから読む《フォリー=ベルジェールのバー》

女給は正面に立っています。ところが背後の鏡では、彼女の姿も客の位置も右へずれています。間違い探しのように答えを出しても、この絵の落ち着かなさは消えません。マネは、盛り場を見物する私たちの視線そのものを、少しだけ滑らせています。

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エドゥアール・マネ《オランピア》

作品ガイド

《オランピア》は、なぜ当時の観客を怒らせたのか

作品
エドゥアール・マネ《オランピア》
制作と発表
1863年制作、1865年のサロンに出品

白い寝台に横たわる女性が、こちらをまっすぐ見返しています。《オランピア》は、マネが1863年に描き、1865年のサロンへ出品した裸婦像です。モデルはヴィクトリーヌ・ムーラン。

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ジュリア・マーガレット・キャメロン《Ophelia, Study No. 2》

19世紀末〜20世紀初頭 / 欧米

ピクトリアリズムとは?写真が芸術になる流れを読む

人物の輪郭が柔らかく、雪の街は霧の中へ消えていく。ピクトリアリズムの写真は、現代のカメラなら失敗と判定されそうな曖昧さをあえて残しました。鮮明に記録できることだけで写真の価値が決められていた時代に、どこまで見せないかも作者が選べると示した流れです。

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アルフレッド・スティーグリッツ《The Steerage》

19世紀半ば〜20世紀前半 / 写真

写真がアートになる瞬間:記録と表現のあいだをどう見る?

写真には、カメラの前にあったものが写ります。ただし、撮影者の背後やフレームの外は見えません。同じ街角でも、立つ場所とシャッターを切る時刻で別の一枚になります。写真を見るときは、写った事実を確かめたあと、その範囲を誰がどう選んだかへ進みます。

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アルフォンス・ミュシャ《ゾディアック》

1890-1910年代 / ヨーロッパ

アール・ヌーヴォー入門:美術とデザインが一体化した時代

髪の毛、花の茎、ポスターの縁。アール・ヌーヴォーの線は、途中で切れずに次の形へ流れていきます。その線は額の中に収まらず、椅子や照明、建物の入口にも伸びました。絵画の様式というより、暮らす場所を丸ごと新しく見せようとした運動です。

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エドゥアール・マネ《オランピア》

19世紀後半 / フランス

1863年、落選作にも観客が集まった

1863年、パリ・サロンの落選作を見せる別会場が開かれました。そこに掛かったマネ《草上の昼食》には、観客の笑いも批判も集まります。作品を選ぶ審査員の外側に、観客が自分で判断できる場所ができた。

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ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》

17世紀後半〜19世紀後半 / フランス

入選か落選か。画家の運命を握ったパリ・サロン

何だった?
存命作家の作品を審査し、一般公開するフランスの公的展覧会
始まり
1667年に初開催。1737年から定期的な展覧会になる

作品を出せるか。壁のどの高さに掛かるか。賞や国家買い上げを得られるか。19世紀の画家にとって、パリ・サロンは名声と仕事へ通じる大きな門でした。1667年の始まりから、1863年の落選者展、1874年の印象派展まで、発表の入口が一つから複数へ変わる過程を追います。

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エドゥアール・マネ《草上の昼食》

19世紀後半 / フランス

古典の構図を、1863年のパリへ持ち込んだマネ

《草上の昼食》では裸婦が森からこちらを見返し、《オランピア》では女性が寝台の上で視線を返します。どちらも古典絵画を参照しながら、神話の安全な距離を外し、同時代のパリへ置き換えました。

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