もの派とミニマリズムは見た目は近くても、重心が違う

もの派もミニマリズムも、要素を絞り込んだ作品が多く、派手な物語を前面に出しません。だから最初は同じ系統に見えやすいです。

ただ、ミニマリズムは形や反復、素材の即物性を強く押し出します。一方もの派は、自然物と人工物、物と場所、物と見る人のあいだの関係を重視します。要素の少なさは似ていても、見てほしいところが違います。

ミニマリズムは『物そのもの』を前に出す

ドナルド・ジャッドの作品では、箱、ブロック、反復、間隔といった要素がはっきりと前に出ます。作品は象徴や物語を避け、物体としての存在をそのまま受け取らせようとします。

ここで鑑賞者は、形の反復、材質、置かれ方、空間との比率を見ることになります。見るというより、測る、確かめるに近い感覚が強くなります。

もの派は『物と物のあいだ』を前に出す

李禹煥の《Relatum》シリーズでは、石と鉄のような異なる物質が、接触や距離によって緊張を生みます。単体の形に視線を留めると、作品の半分しか見えません。二つの物のあいだに残された空間が主役です。

何が置かれているかを確かめたら、今度は自分が立つ位置を変えてみます。距離や支え方によって場の張りが変わり、見る人の身体も関係の一部に入ります。

比較するときは、『反復を見るか、関係を見るか』で変わる

ミニマリズムを見るときは、要素の反復、寸法、材質、空間の秩序に目を置くと違いが拾えます。もの派では、物と物の距離、支え方、自然物と人工物の触れ合い方に目を置くと、重心の差が出ます。

両者とも静かな作品に見えますが、静けさの中身が違います。ミニマリズムの静けさは即物性に、もの派の静けさは関係の緊張に支えられています。

『似ている』と思ったあとに、違いを一つ拾う

比較記事の目的は、最初から厳密な定義を覚えることではありません。『どちらも静かだけど、ジャッドは反復が前に出ていて、李禹煥は間が前に出ている』くらい言えれば、次へ進めます。

この差を一度つかむと、静かな作品を見たときにも、反復へ目が向くのか、間へ目が向くのかを確かめられます。似ていた二つの流れが、自分の目で分かれます。

作品で見る

ドナルド・ジャッドのコンクリート・ブロック作品
Donald Judd Concrete Blocks / ドナルド・ジャッド1980年代
反復と物体性をそのまま受け取らせるミニマリズムの感覚が見えやすい作品
画像を拡大画像出典
ダン・フレイヴィン《Untitled (to Don Judd, Colorist) 1-5》
Untitled (to Don Judd, Colorist) 1-5 / ダン・フレイヴィン1987年
ミニマリズムが物体だけでなく光と空間の秩序へ広がることも見せる作品
画像を拡大画像出典
李禹煥《Relatum - She and He》
Relatum - She and He / 李禹煥2005年
物そのものより、関係の張力へ視線が向くもの派的な見え方がよく出る作品
画像を拡大画像出典

よくある質問

もの派とミニマリズムの違いを一言でいうと?
ミニマリズムは物体の形、反復、即物性を前に出し、もの派は物と物、物と場所、物と見る人の関係を前に出します。どちらも少ない要素で成立しますが、見るべき重心が違います。
もの派とミニマリズムは影響関係がありますか?
同時代的な共鳴はありますが、単純な一方向の影響だけでは整理しにくいです。似た見た目でも、重視する点が異なるため、別の流れとして見る方が無理がありません。
見た目が似ているとき、何を見分けるとよいですか?
反復や即物性が前に出ているならミニマリズム、物と物の距離や場の張りが前に出ているならもの派、と考えてみると違いを拾えます。
単独の記事を先に読むべきですか、それとも比較から入ってもよいですか?
どちらでも構いません。作品を一度見たあとに比較へ戻ると、李禹煥とジャッドの重心の差がはっきりします。

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