《石割り》はクールベ。原画はもう残っていない

《石割り》は、クールベが1849年に描いた油彩画です。かつてドレスデンの絵画館にありましたが、第二次世界大戦中に失われました。現在ウェブや画集で見るカラー画像は、現存する原画そのものではありません。

作品名だけでミレーと混同されやすいのは、ミレーにも農村で働く人を描いた作品が多いからです。ただし、クールベの二人は畑ではなく道路脇で石を砕いています。作者と作業場所を一緒に覚えると取り違えません。

165×257センチの画面を、二人の労働者が占める

原画の大きさは縦165センチ、横257センチ。若い男は重い籠を抱え、年長の男は膝をついて金槌を振るいます。どちらも顔がよく見えず、特定の人物の肖像というより、年齢を重ねても終わらない仕事が残ります。

背景は岩と土でふさがれ、遠くへ抜ける景色もほとんどありません。観客の目線に近い高さへ二人を大きく置いたことで、道路工事の一場面を遠くから眺める余地がなくなっています。

《落穂拾い》では、三つの姿勢が反復する

ミレー《落穂拾い》(1857年)は縦83.5センチ、横110センチ。前景の三人は、収穫後に残った穂を拾っています。オルセー美術館の解説が指摘するように、屈む、拾う、少し起き上がるという三段階の動きが横に並びます。

遠景には、積み上がった収穫物と働く大勢の人が小さく見えます。手前の三人が拾うわずかな穂と、奥にある豊かな収穫。この距離が、同じ畑にいる人びとの違いを説明しています。

二作品は、背中と背景が違う

《石割り》では、二人の身体が別々の方向を向き、岩壁が行く手を止めます。《落穂拾い》では、三人の背中が似た弧を描き、その反復が横長の畑へ続きます。前者は閉じた道路脇、後者は奥行きのある収穫地です。

サイズにも大きな差があります。《石割り》は《落穂拾い》より縦横ともかなり大きい。スマートフォンの画面では差が消えるので、人物のポーズと実寸をセットで確かめてください。

最初の30秒は、手元、背中、遠景の順で見る

まず、何を手に持っているかを見ます。次に、腰と背中がどれほど曲がっているか。最後に、人物の向こうにどれだけ景色が残されているかを確かめます。

この三点だけで、《石割り》の逃げ場のない近さと、《落穂拾い》の手前と奥の隔たりがはっきりします。どちらも労働を描いていますが、同じ話をしている絵ではありません。

作品で見る

ギュスターヴ・クールベ《石割り》
石割り(The Stonebreakers) / ギュスターヴ・クールベ1849年
165×257センチの原画は1945年に失われた。現在知られる図像は戦前の記録による
画像を拡大画像出典
ジャン=フランソワ・ミレー《落穂拾い》
落穂拾い / ジャン=フランソワ・ミレー1857年
三人の姿勢が、屈む、拾う、起き上がるという作業の連続を作る
画像を拡大画像出典

よくある質問

《石割り》はミレーの作品ですか?
いいえ。1849年にギュスターヴ・クールベが描いた作品です。ミレーは《落穂拾い》など、農村で働く人びとを描いた作品で知られます。
ミレーとクールベはどちらも労働を描いた画家ですか?
はい。ただし見せ方は違います。ミレーは農村労働の反復や静けさを、クールベは同時代の労働者の現実をより直接的に前へ出しました。
クールベは労働画家ですか?
労働場面だけを描いた画家ではありません。《石割り》では、道路工事に従事する二人を165×257センチの大画面へ置きました。
《石割り》の本物はどこで見られますか?
原画はドレスデンにありましたが、1945年に失われました。現在見られるのは、戦前に撮影された写真や、それをもとにした複製です。
初心者は何から比べるとよいですか?
手に持つ道具、背中の角度、人物の向こうに残る景色を順に比べます。作品解説にある実寸も忘れずに確認してください。

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