創刊号のメンバーは、写真家二人と批評家・詩人

1968年、高梨豊と中平卓馬、多木浩二、岡田隆彦の四人が創刊しました。写真家だけの雑誌ではありません。写真を撮る人、批評を書く人、詩を書く人が、同じ誌面を作ったところから始まります。

副題は「思想のための挑発的資料」。写真で完成済みの思想を説明する順序を取りません。考え始めるための材料として、写真と言葉を置きました。誌名の『PROVOKE』も、その読みにくさも、この副題とつながっています。

一ページずつ見ると、写真と言葉の距離が変わる

誌面には、写真だけの見開きもあれば、長い文章が続くページもあります。写真へ短い説明を添えて意味を固定する作りではありません。前後のページをめくるうち、像と言葉の関係が何度も切り替わります。

1枚の代表写真だけを検索結果で見ると、この編集は消えてしまいます。複製版や展示で見る機会があれば、写真の粒子と同じくらい、余白、文字の大きさ、見開きの切れ目を見てください。『PROVOKE』はページの順番まで含む媒体です。

森山大道が加わるのは第2号から

現在もっともよく『PROVOKE』と結びつけられる森山大道は、創刊メンバーではありません。中平の紹介を受け、第2号から参加しました。第1号と第2号の違いを見ると、雑誌を固定した作風として扱えなくなります。

森山の写真には、強い粒子、切れた構図、複写した像が現れます。一方で、森山自身はSFMOMAのインタビューで、当時まっすぐな政治的メッセージを表したかったわけではないと振り返っています。メンバー全員を同じ政治姿勢へまとめるのも正確ではありません。

アレ・ブレ・ボケは、雑誌名ではない

粗い粒子を指す「アレ」、手ぶれや被写体ぶれの「ブレ」、焦点の外れた「ボケ」。この呼び方は1960年代末の写真を説明するとき広まり、『PROVOKE』の見た目とも強く結びつきました。

ただし、全ページが三つの効果を備えているわけではありません。雑誌には批評文もあり、写真の組み方も号ごとに変わります。『PROVOKE=アレ・ブレ・ボケ』と置き換えると、写真、文章、編集の共同作業が見えなくなります。

第3号のあと、1970年にもう一冊出た

雑誌は1969年の第3号で終わりました。翌1970年には、メンバーの写真と文章を収めた『まずたしからしさの世界をすてろ』が刊行されます。活動を「3号で突然消えた」とだけ覚えると、この最後の一冊を落としてしまいます。

読む順番は、創刊号、第2号、第3号、1970年の本。各号の表紙と参加者を先に確かめ、気になった見開きへ戻ります。荒い写真の名作集として眺めるより、短期間に編集がどう変わったかを追うほうが雑誌の輪郭をつかめます。

関連資料でたどる

作品に加え、雑誌がどう受け取られ、誰がその中心にいたのかを追える資料も載せています。

書店での森山大道
Daido Moriyama / Nesnad2013年
創刊号に森山大道の名はなく、参加は第2号から。
画像を拡大画像出典
森山大道と東松照明の展覧会ファサード
Moriyama – Tomatsu ; Tokyo / Maison européenne de la photographie 展覧会ファサード2021年
森山と、VIVOで活動した東松照明を並べた2021年の展覧会ファサード。
画像を拡大画像出典

よくある質問

『Provoke』は何号まで出たのですか?
1968年から69年にかけて全3号が出ました。1970年には関連書籍『まずたしからしさの世界をすてろ』も刊行されています。
『Provoke』は政治写真なのですか?
政治運動や消費社会の拡大と重なる時期の雑誌ですが、全員が同じ政治メッセージを掲げたわけではありません。森山大道は、まっすぐな政治的主張を表したかったのではないと振り返っています。
『Provoke』を読むとき、最初に注目するとよいのは写真ですか、それとも言葉ですか?
表紙と参加者を確認してから、見開きの写真と文章を一緒に見てください。写真だけを切り離すより、号ごとの編集の違いがわかります。

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