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戦後日本写真を読む

最初に読む3本と、そこから話を広げる記事を選びました。 下には「戦後日本写真」に関する全6本があります。

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戦後日本の写真

戦後日本写真を街の手触りからたどる

なぜ荒れた粒子やぶれた画面が必要だったのか、作品を見ながら知りたいときに。

戦後日本の写真は、出来事をきれいに記録するだけでは足りないという感覚から大きく動きました。東松照明が占領の痕跡を見つめ、『PROVOKE』と森山大道が街を歩く身体の速度まで画面に持ち込むと、ぶれや粒子は失敗ではなく時代への反応になります。順に読むと、写真の粗さが何を伝えようとしていたのかがつながります。

63本から始める

はじめに

最初の3本

まず全体像、『PROVOKE』、森山大道を読むと、戦後から高度成長期へ写真の言葉が変わった流れを追えます。

細江英公の回顧展バナーが掲げられたケルン日本文化会館

1945年以後 / 日本写真

傷、都市、雑誌から見る戦後日本写真

溶けて変形した瓶、夜の街に光る看板、黒がつぶれた雑誌の見開き。戦後日本写真には、きれいに説明しきれないものが残っています。東松照明は基地や長崎へ向かい、森山大道はカメラを持って街路を歩きました。

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LE BALでのProvoke展の展示風景

1968〜1970年 / 日本写真

森山大道は、第2号から参加しました

『PROVOKE』は、写真と文章を同じページでぶつけた同人誌です。一冊の写真集とは作りが違います。1968年の創刊号に森山大道の名はありません。森山が加わるのは第2号から。

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寄り道する

少し横に広げる

「アレ・ブレ・ボケ」の見方、東松照明、現在見られる展覧会へ進むと、歴史と実物を見る機会が結びつきます。

書店での森山大道

1960〜70年代 / 日本写真

アレ・ブレ・ボケは、三つの違う崩れ方

「アレ」は粒子の粗さ、「ブレ」はカメラや被写体の動き、「ボケ」は焦点の外れです。三つは同じ失敗の別名ではありません。一枚の中で重なることはあっても、画面に残す跡は違います。

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森山大道と東松照明の展覧会ファサード

1950年代以後 / 日本写真

東松照明入門:戦後日本を見つめた写真の、乾いた強さ

傷の残る瓶、基地の旗、沖縄の街角。東松照明は、戦後日本という大きな言葉を、物の表面と乾いた光へ置き換えました。最初に歴史の結論を探さず、何がどんな距離で写されているかを見ると、怒り、憧れ、違和感が混ざる写真へ近づけます。

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「戦後日本写真」の作品と用語

作品例作品別ガイド

このテーマがよく表れる作品を選び、画面のどこに注目するか確認します。

自分の目で見る練習

解説を閉じて、線、光、構図を自分の目で確かめます。

用語アートのことば

記事に出てきた言葉を、短い説明と作品例で調べられます。

戦後日本写真」の記事一覧

書店での森山大道

1960〜70年代 / 日本写真

アレ・ブレ・ボケは、三つの違う崩れ方

「アレ」は粒子の粗さ、「ブレ」はカメラや被写体の動き、「ボケ」は焦点の外れです。三つは同じ失敗の別名ではありません。一枚の中で重なることはあっても、画面に残す跡は違います。

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LE BALでのProvoke展の展示風景

1968〜1970年 / 日本写真

森山大道は、第2号から参加しました

『PROVOKE』は、写真と文章を同じページでぶつけた同人誌です。一冊の写真集とは作りが違います。1968年の創刊号に森山大道の名はありません。森山が加わるのは第2号から。

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細江英公の回顧展バナーが掲げられたケルン日本文化会館

1945年以後 / 日本写真

傷、都市、雑誌から見る戦後日本写真

溶けて変形した瓶、夜の街に光る看板、黒がつぶれた雑誌の見開き。戦後日本写真には、きれいに説明しきれないものが残っています。東松照明は基地や長崎へ向かい、森山大道はカメラを持って街路を歩きました。

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森山大道と東松照明の展覧会ファサード

1950年代以後 / 日本写真

東松照明入門:戦後日本を見つめた写真の、乾いた強さ

傷の残る瓶、基地の旗、沖縄の街角。東松照明は、戦後日本という大きな言葉を、物の表面と乾いた光へ置き換えました。最初に歴史の結論を探さず、何がどんな距離で写されているかを見ると、怒り、憧れ、違和感が混ざる写真へ近づけます。

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