スタイケンの強さは、『何が写っているか』を『どう感じるか』へ変えるところにある

写真は場所や人を示すのが得意なメディアです。スタイケンはそこからさらに一歩進んで、場所の気分まで作品として残そうとしました。

だから彼の写真を見ると、建物や木々を確認するより先に、霧、夜気、色の沈み方に引き込まれます。写っている対象が主題でありながら、同時にそれを包む空気そのものが主題になっています。

《The Flatiron》では、都市が版画や絵画のように見える

《The Flatiron》に写るのはニューヨークの有名な建物です。ところが夕暮れの色調、霧の層、裸木のシルエットが重なり、建築記録というより夢の中の都市に見えます。

建物の情報が消えたわけではありません。輪郭の見せ方が変わり、石と鉄の硬い都市が、気分を受け止める器のようになります。

《The Pond—Moonlight》では、風景が『写っている』より『浮かんでいる』に近くなる

《The Pond—Moonlight》を見ると、木々や水面は識別できますが、画面全体は暗く、色も静かです。そのため写真というより、光の記憶を見ているような感覚になります。

スタイケンはここで、写真が持つ現実性を完全に消してはいません。現実にある池を前提にしながら、その見えを詩的な像へ変えています。この半分だけ現実から離れる感じが、とても魅力的です。

フォト・セセッションの中でも、スタイケンはとくに色調と雰囲気の人だった

スティーグリッツが写真の制度や見せ方まで含めて写真文化を変えた人だとすれば、スタイケンはその中で、視覚の感触を押し広げた人です。柔らかな輪郭、深い色、霧のような中間調に強い感覚があります。

スタイケンを見ると、フォト・セセッションを『絵画に似せた写真』だけで片づけられません。写真だから残せる光のにじみや夜気を、彼らは真剣に探っていました。

見るときは、『何が写っているか』を確かめたあと、すぐに『どんな空気か』へ移る

スタイケン作品は、対象の特定だけで終わると少しもったいないです。建物、池、木々を確認したら、そのあとすぐに空気の濃さや色の沈み方を見る方が面白いです。

そこを拾えると、スタイケンは風景写真家というより、気分を像に変える写真家として見えます。説明しづらいけれど忘れにくい。その感覚が、彼の写真の中心です。

作品で見る

エドワード・スタイケン《The Flatiron》
The Flatiron / エドワード・スタイケン1904年
都市の建築を、夕方の大気と色調でほとんど詩的な像へ変えた名作
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エドワード・スタイケン《The Pond—Moonlight》
The Pond—Moonlight / エドワード・スタイケン1904年
風景の情報より、夜の光の記憶そのものが残るスタイケンの代表作
この作品の解説画像を拡大画像出典

よくある質問

スタイケンは、ただ絵画っぽい写真を撮っただけですか?
それだけではありません。絵画に似せることより、写真でしか出せない霧や夜気の感覚を探っていたと見る方が近いです。
スタイケンとスティーグリッツはどう違いますか?
どちらもフォト・セセッションの中心ですが、スティーグリッツは制度と構図、スタイケンは色調と気分の作り方で特に印象を残します。
最初の一枚として置きやすいのはどの作品ですか?
《The Flatiron》から見始めると、建物の写真なのに都市の気分が前に出てくる感じを追いやすいです。そこから《The Pond—Moonlight》へ進むと、スタイケンの幅がより見えます。

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