写真を撮った年と、プリントした年が違う
美術館の作品名の下には「1904年、1909年印刷」とあります。シャッターを切った日だけで写真を語ると、この5年を落としてしまいます。ネガからどんな像を仕上げるかも、スタイケンの制作でした。
現存する同題のプリントには、1905年に刷られたものもあります。大きさも色調もそれぞれ違います。一つの撮影から、複数の仕上がりが生まれました。
青緑は、感光液と顔料を重ねてつくった色
土台はプラチナ・プリントです。その上に、アラビアゴムと重クロム酸カリウムの感光液へ顔料を混ぜ、層を重ねています。現在のカラー写真のように、その場の色がそのまま写ったわけではありません。
建物の縁や窓を鮮明にする代わりに、スタイケンは青緑の薄明かりと路上の橙色を残しました。輪郭の情報を減らし、時刻の感触を足す。写真を絵画に似せたという一言では片づかない、プリントの判断があります。
同じネガから、違う夕暮れが三つ生まれた
メトロポリタン美術館は、このプリントのほかに色の異なる二点を所蔵しています。三点の夕暮れは同じ色ではありません。スタイケンが一枚ずつ選んだ色です。
画面上部の枝は、見る場所を決めています。近い枝、馬車のいる街路、霧の向こうのビルと、視線が奥へ三段階に移る。私たちは名所の正面を離れ、公園の木の下から見上げています。
木版画の構図と、ホイッスラーの夜景
メトロポリタン美術館は、手前を大胆に枝で切る構図に当時流行した日本の木版画、色調にはホイッスラーの《ノクターン》の影響を指摘しています。どちらも、建物を中央で明快に説明するための手本ではありません。
新しい高層建築を撮りながら、スタイケンが参照したのは別の土地、別の媒体、別の時代の見方でした。近代都市の写真に古い版画や絵画の記憶が混ざる。その層の多さが、単なる建築記録との違いです。
建物より先に、三つの色を見る
青緑の空、橙色の灯り、黒い枝を見分けたあと、ビルの輪郭へ移ります。建物は色の層をつなぐ、縦長の影として置かれています。
1910年、スタイケンとアルフレッド・スティーグリッツはこの作品をバッファローの国際ピクトリアル写真展に選びました。写真も美術になり得る。その主張を、被写体の珍しさより一枚の仕上げが雄弁に伝えます。
作品で見る
よくある質問
- 《The Flatiron》は建築写真ですか?
- 被写体は建築ですが、完成したプリントは建物の記録に収まりません。枝で視界を遮り、色を手作業で重ねて、夕暮れの見え方まで組み立てています。
- これはカラー写真ですか?
- 現在の意味でのカラー写真ではありません。プラチナ・プリントを土台に、顔料を混ぜた感光性のアラビアゴムを何層も施して色をつけています。
- 同じ作品なのに色違いがあるのですか?
- あります。メトロポリタン美術館だけでも、同じネガをもとに色や印刷年の異なる三点が所蔵されています。手作業のプリントなので、それぞれが同じ仕上がりにはなりません。








