三枚の「時刻」から確かめる

レンブラントの絵に「夜警」という通称が現れるのは1797年。完成から150年以上あとです。暗く変色したワニスのせいで、夜の見回りに見えたことが名前の背景にあります。

ムンクが描いたのは、オスロ・フィヨルドを望むエーケベルグの丘の日没。《星月夜》だけが明確な夜ですが、こちらも病室の窓からの眺めに、実際には見えない村や手前の糸杉を組み合わせています。三作で比べたいのは、暗い画面をどう組み立てたかです。

《夜警》:出動の途中を描いた集団肖像

中央の黒い服の隊長が、黄色い服の副隊長へ出動を命じています。後ろの隊員たちは槍を上げ、銃を構え、ばらばらの位置から隊列に加わろうとしています。レンブラントは市民隊を横一列に並べず、動き始めた瞬間を選びました。

光が当たるのは隊長の手、副隊長の服、そして奥の少女です。ほかの隊員は半ば暗がりに残りました。どこを先に見せたいかを決めるスポットライトに近く、昼夜の説明よりも画面の順路をつくっています。

《星月夜》:窓の外を、記憶と想像で組み直す

ゴッホは1889年6月、サン=レミの療養院で《星月夜》を描きました。窓から見える景色を手がかりにしていますが、制作は昼間に数回に分けて行われ、村は実景にはありません。手前の糸杉も、画面を締めるため近くへ寄せています。

低く静かな村に対し、空では短い筆触が輪をつくり、星の周囲まで波打っています。目の前の夜をそのまま写した記録というより、見た景色をいったん持ち帰り、強弱をつけて再構成した絵として見ると腑に落ちます。

《叫び》:日没の色が人物へ流れ込む

ノルウェー国立美術館の1893年版は、ムンクが前年に描いた《日没の憂鬱》と同じ眺めを使っています。場所はエーケベルグの丘。オスロ・フィヨルドを背にした道で、空には日没の赤が残っています。

前作では横向きだった人物が、こちらでは正面を向き、顔も性別を特定しにくいほど単純化されました。欄干の直線だけが奥へ逃げ、空と水面と人物は同じ曲線でつながります。何時かを再現するより、身体に届いた感覚を風景全体へ広げた絵です。

題名を閉じて、いちばん明るい場所を見る

作品名を見ずに、最初に目へ飛び込む場所を探してみてください。《夜警》では黄色い服、《星月夜》では星と月、《叫び》では赤い空か白い顔でしょう。同じ暗い画面でも、明るさの置き方はかなり違います。

明るい場所からどこへ目が移ったかも覚えておきます。人物から群衆へ、星から村へ、顔から空へ。自分の目が通った順番を比べると、「夜」という一語では片づかない三作の仕掛けが見つかります。

作品で見る

レンブラント《夜警》
夜警(The Night Watch) / レンブラント1642年
暗いワニスが通称の由来になった市民隊の集団肖像
この作品の解説画像を拡大画像出典
フィンセント・ファン・ゴッホ《星月夜》
星月夜 / フィンセント・ファン・ゴッホ1889年
窓からの眺めに、村と手前の糸杉を加えて組み直した夜景
この作品の解説画像を拡大画像出典
エドヴァルド・ムンク《叫び》
叫び / エドヴァルド・ムンク1893年
エーケベルグの丘の日没を、正面を向く人物と結びつけた1893年版
この作品の解説画像を拡大画像出典

よくある質問

《夜警》は本当に夜の場面ですか?
いいえ。市民隊が出動の準備をする場面で、「夜警」は後世の通称です。暗く変色したワニスのため夜景と思われ、1797年にこの呼び名が現れました。
《叫び》は夜の絵ではないのですか?
1893年版の舞台は日没のエーケベルグです。画面は暗く見えますが、空の赤は沈む太陽の光です。
初心者はどの順で見ると理解しやすい?
題名を隠し、各作品で最も明るい場所を探してください。そこから視線がどこへ移るかを追えば、予備知識がなくても三作の違いをつかめます。

作家・時代・見方を選ぶ

同じテーマ比較鑑賞

同じテーマの記事をまとめています。

ほかの記事を探す

作品・作家

近い作品・作家の記事

同じ作家や時代を扱う記事です。

レンブラント《三本の木》

17世紀 / オランダ共和国

レンブラント入門:なぜ《夜警》は“動いて見える”のか

《夜警》では、黒い服の隊長が手を差し出し、黄色い服の副官が隣を歩きます。その後ろでは旗、槍、銃、人の顔が重なっています。全員を同じように見せず、光の当たる順番を作ったことが、群像を一つの出来事に変えました。

記事を読む
フィンセント・ファン・ゴッホ《星月夜》

19世紀後半 / フランス

ゴッホの絵は、感情のままに描かれてはいない

《星月夜》の空は激しくうねりますが、村の家々は低く静かに並びます。《ひまわり》では黄の幅を使い分け、花と背景を同じ色の中で分けています。ゴッホを「感情のままに描いた天才」とだけ見ると、こうした制御が隠れます。

記事を読む
エドヴァルド・ムンク《叫び》

19世紀末〜20世紀初頭 / ノルウェー

橋はまっすぐ、空だけがうねっている

口を開けた人物より先に、橋の欄干を見てください。二本の直線が画面奥へ突き刺さり、その横で空と水辺は波打っています。まっすぐな場所には遠ざかる二人、うねる側には耳をふさぐ一人。

記事を読む

比べて見る

違いから入る

似ているようで違う記事を並べると、時代や作家の特徴が輪郭として立ち上がってきます。

特集の記事をすべて見る
マルセル・デュシャン《Bicycle Wheel》

比較ガイド

壊すダダ、夢から作るシュルレアリスム

一言で
ダダは壊す。シュルレアリスムは夢や無意識から作る
時代
ダダは1916年頃、シュルレアリスムは1924年頃から強まる

デュシャンの便器を見て拍子抜けする感覚と、マグリットのありえない光景から目を離せなくなる感覚には違いがあります。ダダは芸術や理性の権威へ疑いを向け、シュルレアリスムは夢や無意識から別の現実を探しました。

記事を読む

テーマを広げる

関連するテーマ

同じタグや視点を持つ記事をまとめました。

レンブラント《夜警》

作品ガイド

《夜警》は、整列する前のざわめきを描いた

隊長の左手が前へ伸び、その影が副官の黄色い上着に落ちています。後ろでは銃が火を噴き、犬が吠え、太鼓が鳴る。《夜警》は静かな顔の一覧ではありません。レンブラントはアムステルダムの市民隊を、行進が始まる直前のざわめきの中へ置きました。

記事を読む
ギュスターヴ・モロー《オイディプスとスフィンクス》

15世紀〜20世紀初頭 / ヨーロッパ

神話の場面から、神話のような親密さへ

ボッティチェリは、ヴィーナスが海から生まれる瞬間を描いていません。絵にしたのは岸へ着く場面です。モローは、謎を出すスフィンクスをオイディプスの身体へ食いつかせます。

記事を読む
ギュスターヴ・クールベ《石割り》

1849〜1857年 / フランス

《石割り》の原画は、1945年に失われた

《石割り》を描いたのはギュスターヴ・クールベです。原画は第二次世界大戦末期の1945年に失われ、いま私たちが見るのは戦前の写真や複製です。だからこそ、まず165×257センチという大きさを頭に置きたい。

記事を読む

参照した資料