顔の輪郭を、空がまねる

エドヴァルド・ムンク(1863–1944)は、人物の内側を表すために風景まで変形させました。《叫び》では、頬から顎へ落ちる輪郭が、赤い空と水辺で何度も繰り返されます。

顔から空、空から水へ曲線を追うと、どこまでが人物の感情で、どこからが外の景色なのか曖昧になります。橋だけは硬い直線のままです。その冷たさが、かえって手前の揺れを強く見せます。

《叫び》は一枚だけではない

ムンクは《叫び》の色彩版を四点作りました。テンペラによる絵画が二点、パステルやクレヨンによる素描が二点。さらに石版画へ移し、同じモティーフを複製しています。

橋、人物、空という骨格は残しつつ、画材が変わるたび線の硬さと色の重さが変わります。有名な一枚の複製を増やしたというより、同じ記憶へ何度も戻って描き直した、と捉える方が作品の実態に近いでしょう。

象徴主義の気分を、表現主義の歪みへつなぐ

象徴主義は目に見えない観念や気分を、象徴的な場面へ託しました。ムンクはそこへ、形の歪みと強い色を加え、感情が身体へ迫る画面を作ります。

その線と色は、20世紀の表現主義へ大きな影響を与えました。《叫び》では、現実を正確に写すことより、見た人の身体へ感情を伝えることが優先されています。後の画家たちは、その歪みや強い色をさらに押し広げました。

《死の島》と比べると、線の激しさが分かる

ベックリン《死の島》では、静かな海と垂直に立つ岩が不吉な気分を作ります。《叫び》では、同じ不安がうねる線となって人物の身体まで巻き込みます。

カンディンスキー《コンポジション8》まで進むと、線と色は具体的な風景から離れて動きます。三作を並べると、象徴的な景色から感情的な歪み、抽象構成へ進む違いを比べられます。

橋の直線と、空の曲線をぶつけて見る

人物をいったん外し、橋の欄干を奥までたどります。そこから赤い空の曲線を逆方向へ追い、直線と曲線がぶつかる場所を探します。

奥の二人と手前の人物の距離も比べてみます。風景は大きく揺れるのに、二人は歩き続ける。その隔たりが、手前の人物を孤立させています。

作品で見る

エドヴァルド・ムンク《叫び》
叫び / エドヴァルド・ムンク(1893年(代表バージョン))
手前の顔と赤い空が同じようにうねり、人物の不安が水辺まで広がります。
この作品の解説画像を拡大画像出典
アルノルト・ベックリン《死の島》
死の島 / アルノルト・ベックリン(1883年版)
海は静かで、岩と糸杉は垂直に立つ。線を激しく揺らさず、不吉な気配を作ります。
画像を拡大画像出典
ワシリー・カンディンスキー《コンポジション8》
コンポジション8 / ワシリー・カンディンスキー(1923年)
具体的な風景を離れ、円と直線の関係だけで画面に緊張と動きを生みます。
画像を拡大画像出典

よくある質問

《叫び》は1点しかないのですか?
いいえ。色彩版は、テンペラ画二点とパステル・クレヨンによる素描二点があります。石版画も作られました。MUNCHは絵画、素描、版画を所蔵し、保存のため交代で展示しています。
ムンクは表現主義の画家ですか?
表現主義への影響は非常に大きいですが、象徴主義の文脈も強く持っています。両者をつなぐ位置で捉えると見通しが立ちやすいです。
最初はどの順で見ると読みやすい?
顔を見る前に、橋の欄干と赤い空の線を追ってみます。直線とうねる曲線がぶつかるたび、画面全体が落ち着きを失います。

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