構成
構図
構図は、画面の中で何をどこに置くかという設計です。『どこから見始めて、どこへ目が進むか』を静かに決める役割があります。

現代美術
現代アートの前で足が止まりやすいときに。
現代アートでは、何を見ればいいかが作品ごとに変わります。このコースは、そのずれを言葉にしながら、空間、身体、映像へ順に触れていくための並びです。
順番どおりに進めると流れはつながりますが、途中で立ち止まっても問題ありません。 気になる記事で寄り道しながら、自分のペースで戻ってくるくらいの使い方を想定しています。
まず『難しさ』の正体を言語化して、身構えをほどきます。
たとえば、日付だけが描かれた絵や、椅子とその写真と辞書の定義が並ぶ作品の前に立つと、『これは何を見ればいいんだろう』と止まることがあります。現代アートの難しさは、そこで見る側の前提がずれることから始まります。
現代アート全体の地図を広げて、話のスケールを感じていきます。
展示室に巨大な蜘蛛が立ち、床には一億個の磁器の種が広がる。絵の上手さだけでは測れない作品を前にすると、戸惑うのは自然です。何でできているか、どれほど大きいか、自分の身体がどう動いたか。
作品が空間全体になる感覚をここで体に入れます。
展示室へ入ったものの、どこからが作品なのか分からない。そんな戸惑いは、インスタレーションを見る出発点になります。壁にある物、入口からの距離、足元の音、回り込んだときの景色が一緒に変わるからです。
作品が物ではなく出来事になると、何が変わるのかを見ます。
舞台に座るオノ・ヨーコの前へ、観客が一人ずつ進み、はさみで服を切り取ります。《Cut Piece》で起きることは単純ですが、次の人がどこまで切るのか、見ている側は落ち着いていられません。
観客の行為が作品に組み込まれる例として読むと、距離が少し縮まります。
木に願いを結ぶ。舞台に座る人の服を切る。短い指示文を頭の中で実行する。ヨーコ・オノの作品は、観客が応じるまで形が決まりません。展示物が何を表すかより、自分へどんな動詞が渡されたかを考えると、《Wish Tree》の静けさと《Cut Piece》の緊張がはっきり分かれます。
映像メディアがアートになる面白さまでつなげます。
仏像が、テレビに映った自分を見つめています。天井では、何台ものモニターが魚の群れのように浮かぶ。ナムジュン・パイクは放送を見る箱を床や天井へ置き直し、彫刻や風景へ変えました。

1960年代以後 / 米欧
椅子、椅子を撮った写真、辞書から引いた『chair』の定義。この三つが並んだとき、作品はどれでしょう。《One and Three Chairs》は、答えを当てるクイズというより、私たちが物をどう認識しているかを確かめる装置です。
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1960-90年代 / 米欧中心
仏像の正面にテレビがあり、その脇のカメラが仏像を撮っています。画面は録画を再生していません。いま目の前にいる仏像が映っています。ナムジュン・パイク《TV Buddha》では、映像の筋を追うより、カメラからモニターへ戻る輪を見る方が早い。
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作品ガイド
三角形の各辺は48フィート、約14.6メートルあります。テーブルには39の席、白い床には999人の名前。合わせて1,038人の女性が作品に組み込まれています。写真では皿へ目が向きがちですが、ランナー、杯、食器、床の文字まで見て初めて一席になります。
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見るための理論
形や上手さ以外の見方を、短い順番で持ちたいときに。
デュシャンから消費社会、記号論、時間、展示空間、ポストモダン、制度批評、ポストコロニアル、フェミニズムまで、現代アートでよく使う見方を作品から学ぶコースです。

作品の見方
知識より先に、作品の見方を増やしたいときに。
絵画、抽象画、彫刻の見方を順番に試しながら、単一作品の読み方までつなぐコースです。

不思議な作品
きれいより先に、ぞわっとする作品が気になるときに。
怖い、不思議、落ち着かない。そんな第一印象から名作へ入るためのコースです。
はじめに
まずは全体の流れを一度見ておきたいときに。
ルネサンスから現代アートまで、大きな流れを一周するためのコースです。

日本美術から
西洋美術の年表より、日本の作品から始めたいときに。
浮世絵から戦後前衛まで、日本の作品からアート史の広がりを見ていくためのコースです。