目の前の形を、一つの角度に固定しない

転機の一つが、ピカソが1907年に描いた《アヴィニョンの娘たち》です。身体は奥行きのある空間に自然に収まらず、顔や手足が硬い面へ割れています。見たままを上手に再現することより、物をどう知覚しているかが前へ出ました。

翌1908年、ブラックの風景画を評した言葉から『キューブ』という呼び名が広まります。ただ、四角形が多いことだけがキュビスムではありません。カップを持ち上げて横や底を見るように、複数の角度を同じ画面へ持ち込んだことが大きな変化でした。

分析的キュビスムでは、手がかりが小さくなる

1909年頃からの作品では、茶色や灰色の細かな面が画面いっぱいに重なります。人物や楽器を描いていても輪郭は一周せず、途中で隣の面へ溶けてしまいます。色を抑えたぶん、面の傾きや重なりが目立ちます。

題名を見ても対象がすぐ分からないときは、全部を当てようとしません。ギターの丸い穴、瓶の口、口ひげの線など、見覚えのある部分を一つ探します。その断片を足場に周りを見ると、ばらばらだった面から物の輪郭が浮かびます。

新聞紙を貼ると、絵の中へ現実が入ってくる

1912年頃になると、ピカソやブラックは新聞紙や壁紙を画面へ貼り始めます。木目を描く代わりに木目模様の紙を使い、新聞の文字をカフェのテーブルの一部にする。絵具で似せた像と、本物の紙が隣り合います。

この時期は総合的キュビスムと呼ばれます。細かく分解するより、大きな色面や記号を組み合わせて物を立ち上げる作品が増えました。新聞の一部が楽器にも壁にも見える曖昧さが、見る側を組み立てに参加させます。

フアン・グリスから入ると、組み立て方が見つけやすい

フアン・グリスの画面にも、顔や楽器を切り分けた面が並びます。ただし形の境目や色の配置が比較的はっきりしているため、どこから人物が現れるのかを追いやすい作家です。

《ピカソの肖像》では、まず額と鼻の線を探し、そこから襟、腕、椅子へ下ります。肖像らしい部分と幾何学的な面が交互に現れ、似顔絵ではないのに一人の人物へまとまっていく過程が見えます。

離れて一度、近づいて一度見る

最初は少し離れ、大きな三角形や暗いかたまりを見ます。次に近づき、文字、木目、瓶の口のような小さな手がかりを一つ探す。最後にまた離れると、最初にはただの模様だった面から人物や静物が浮かぶことがあります。

何が描かれているかを完全に当てる必要はありません。見えたと思った物がまた平面へ戻る、その行き来がキュビスムの面白さです。分からないまま目を動かす時間も、鑑賞の一部です。

作品で見る

フアン・グリス《ピカソの肖像》
ピカソの肖像 / フアン・グリス(1912年)
分析的キュビスムの語彙を明快に示す作品
画像を拡大画像出典
ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山》
サント=ヴィクトワール山 / ポール・セザンヌ(1902-1904年頃)
キュビスムの前提となった構造的視覚の実験
画像を拡大画像出典
フェルナン・レジェ《都市》
都市 / フェルナン・レジェ(1919年)
キュビスム以後の機械的都市表現への展開例
画像を拡大画像出典

よくある質問

キュビスムは“四角い絵”という理解で合っていますか?
四角い面はよく使われますが、それだけではありません。正面、横、上など複数の角度から見た情報を一枚に重ねたことが、より大きな特徴です。
分析的と総合的はどう見分ける?
前者は分解と低彩度、後者はコラージュや記号の導入が目印です。1912年前後を境に変化が読み取りやすくなります。
最初にピカソから入った方がよいですか?
ピカソは重要ですが、入門ではフアン・グリスを先に見ると構成原理が把握しやすいです。

作家・時代・見方を選ぶ

この順番で読むキュビスムを複数の視点から見る

顔や物が分解されて見える理由を、ピカソ以外の作家も含めて知りたいときに。

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