本文に出てくる美術用語

見え方と構造抽象

抽象は、目に見える対象との似かたを弱め、線、形、明暗、色の関係を前へ出すことです。対象が少し残る絵から、まったく描かない非具象まで幅があります。

『何の絵?』と聞いても、答えが見つからない

抽象画の前で困るのは、人物や風景といった手がかりが見つからないからです。20世紀初頭の画家たちは、その困惑を承知で対象の形をほどき、色や線を画面の主役へ押し出しました。

カンディンスキーは、音楽に具体的な物語がなくても心が動くように、色と線だけでも緊張やリズムを作れると考えました。何が描かれているかを当てる代わりに、赤へ目が引かれるか、斜線で視線が跳ねるかを確かめます。

《黒の正方形》は、見るものを一つまで減らした

1915年の展覧会『0.10』で、マレーヴィチは白地に黒い正方形だけを置いた作品を発表しました。物語も景色もなく、見る側は黒と白の関係から逃れられません。

印刷では完全な記号に見えますが、実物の辺はわずかに揺れ、黒い絵具にもむらがあります。正方形は本当に中央か、白い余白は四方で同じか。要素を一つまで減らしたことで、普段なら見過ごす差が大きく感じられます。

モンドリアンの格子は、左右対称ではない

モンドリアンは、垂直線と水平線、赤・青・黄、白へ要素を絞りました。規則が厳しいぶん、一本の線を動かしたときの影響が大きくなります。

《コンポジションII》の区画は大きさが異なり、色も左右対称に置かれていません。大きな赤い面と小さな青、線の太さの差が互いを釣り合わせています。整然とした格子を眺めたあと、偏っている場所を探すと画面が動き始めます。

人や街が消えても、時代の感覚は残る

抽象芸術が広がったのは、都市、科学、機械、戦争によって生活の感覚が大きく変わった時代です。新しい速度や不安を、見慣れた風景のまま描くことに物足りなさを感じた作家もいました。

画面に人や街が見えなくても、カンディンスキーの衝突する形や、モンドリアンの秩序には時代への反応が残ります。抽象画は現実を忘れるための空白とは限りません。変化した現実に合う見え方を探した結果でもあります。

目立つ色を一つ選び、そこから歩く

題名を読む前に、最初に目へ入った色を一つ選びます。隣の線はどちらへ伸びるか、その先に似た形はあるか。視線が止まる場所と飛ばされる場所を追えば、対象の名前がなくても画面を歩けます。

三人を並べると、目の動きも違います。カンディンスキーでは跳ね、マレーヴィチでは一つの形に止まり、モンドリアンでは区画の間を往復する。『抽象』という一語の中に、これほど違う時間があることを味わってください。

作品で見る

ワシリー・カンディンスキー《コンポジション8》
コンポジション8 / ワシリー・カンディンスキー(1923年)
抽象構成を幾何学的に展開した作品
画像を拡大画像出典
カジミール・マレーヴィチ《黒の正方形》
黒の正方形 / カジミール・マレーヴィチ(1915年)
再現からの離脱を宣言した前衛作品
画像を拡大画像出典
ピート・モンドリアン《コンポジションII(赤・青・黄)》
コンポジションII(赤・青・黄) / ピート・モンドリアン(1930年)
制限によって秩序を作るDe Stijlの到達点
画像を拡大画像出典

よくある質問

抽象画は自由に見ればいいだけですか?
自由な感想から始めてかまいません。そこへ線・色・比率の観察を一つ加えると、なぜそう感じたのかを説明できます。抽象画は設計の痕跡が表に出やすい分野です。
カンディンスキーとモンドリアンは同じ抽象ですか?
同じ抽象でも方法が異なります。カンディンスキーは動勢やリズム、モンドリアンは規則化と均衡を重視しました。
最初に向き合う1枚はどれ?
《コンポジション8》は出発点に置きやすい作品です。色・線・幾何形態の関係が明快で、抽象の読み方を練習しやすいです。

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