クレーは“抽象画家”という一語では足りない

パウル・クレー(1879-1940)は、抽象と具象、詩と理論、遊びと構成を横断する作家です。対象をそのまま写す代わりに、線や色を記号として働かせ、画面に思考の痕跡を残しました。

そのためクレー作品は、答えを当てるゲームより、読み方を発明する体験に近いです。見た瞬間より、見続けたあとにじわっと効いてくるタイプの絵画と言えます。

1921年からバウハウスで教えた“見え方の文法”

クレーは1921年から1931年までバウハウスで教育に携わり、色彩や形態の関係を体系的に考え続けました。感覚を大切にしながら、それを他者も試せる方法へ翻訳しようとしました。

この背景を知ると、軽やかな線も気まぐれな落書きには見えません。どこで曲がり、どこで止まるか。遊ぶような筆致の裏に、厳密な構成が働いています。

《さえずる機械》の面白さは“かわいさ”の奥にある

《さえずる機械》には鳥のようなモチーフが並び、最初はユーモラスに見えます。ただし、棒状の支持体や回転機構を思わせる構成が、生命と機械の境界を曖昧にします。

このズレが作品の芯です。愛らしさと不穏さが同時に成立するため、見る側の感情がひとつに固定されません。

カンディンスキーやモンドリアンとの違い

カンディンスキーが音楽的抽象、モンドリアンが均衡抽象へ向かう一方、クレーは記号の多義性を保ったまま画面を組みます。意味を一つに絞らず、揺らし続けるところが個性です。

三人を並べると、抽象芸術が幾何学だけの世界ではないと分かります。クレーの記号は意味を一つに絞らず、見る人が物語を差し込める余白を残します。

最初に試したい鑑賞実験

画面の線を、生き物らしく感じるものと機械らしく感じるものに分けてみます。どの形が音を出しそうか想像し、背景の色むらが明るいか不穏かも確かめてください。

正解を当てる必要はありません。見えたものと感じた音を言葉にした時点で、抽象画との会話が始まります。

作品で見る

パウル・クレー《さえずる機械》
さえずる機械 / パウル・クレー1922年
記号性とユーモアを同時に読むための基準作
詳しく読む画像を拡大画像出典
ワシリー・カンディンスキー《コンポジション8》
コンポジション8 / ワシリー・カンディンスキー1923年
抽象の構成志向を比較するための作品
画像を拡大画像出典
ピート・モンドリアン《コンポジションII(赤・青・黄)》
コンポジションII(赤・青・黄) / ピート・モンドリアン1930年
均衡志向の抽象と対照的に読める作品
画像を拡大画像出典

よくある質問

クレーは子どもの絵みたい、と言われるのは失礼?
失礼というより最初の反応としてもっともです。ただし見た目の素朴さの裏に、高度な構成と思考がある点まで進めると、作品の深さがわかってきます。
クレーはバウハウスの中心人物ですか?
建築家やデザイナーと並ぶ中心的教員の一人でした。教育現場で色彩・形態の理論化に大きく貢献しています。
抽象が苦手でも楽しめますか?
楽しめます。クレーは記号やユーモアが手がかりになりやすく、抽象鑑賞の最初の一歩として相性が良い作家です。

次の入口

気になったところから、もう少し

次に1本読む《さえずる機械》はなぜかわいくて不穏なのか? クレーが生き物と機械を重ねる理由

《さえずる機械》は、一見すると小さな鳥の漫画のようにも見えます。けれど見続けると、足場は細く、口は針のようで、機械の回転軸にも見えます。クレーはここで、やさしい記号と不穏な仕組みをわざと同居させています。

テーマで読むクレー

同じテーマの記事をまとめています。

もう少し広げる

近くにある作品と作家

同じ作家、近い時代、似た問い。気になるところからどうぞ。

関連して読む

近い作品・作家の記事

いま読んだ作品や作家に、内容が近い記事です。

ワシリー・カンディンスキー《黄-赤-青》

1919-1933年 / ドイツ

バウハウス入門:学校がデザインを変えた14年

白い建築や幾何学模様を見ると、『バウハウス風』と言いたくなります。けれどバウハウスは、見た目を統一するブランドとして始まったのではありません。木材、金属、布、色を実際に触り、芸術と工芸を同じ場所で学ぶ学校でした。

記事を読む
ワシリー・カンディンスキー《コンポジション8》

1910年代-1930年代 / 欧州

形を描かなくても、色と線で画面は動く

カンディンスキーの色は音のように響き、マレーヴィチの黒い正方形は白い地に浮かびます。モンドリアンは垂直と水平、赤・黄・青だけで画面を組み立てました。何の絵かを当てるより、線、色、面がどこで釣り合い、ぶつかるかを見ると抽象芸術へ入れます。

記事を読む

テーマを広げる

関連するテーマ

同じタグや視点を持つ記事をまとめました。

ピート・モンドリアン《コンポジションII(赤・青・黄)》

20世紀前半 / オランダ・パリ・ニューヨーク

モンドリアン入門:格子と三原色はなぜここまで強いのか

黒い縦横線と、赤・青・黄の面。要素は少なくても、線の太さや白い余白を少し変えれば、画面全体の釣り合いが崩れます。モンドリアンを見るときは、色の意味を探す前に、重い場所と空いた場所を比べてみてください。

記事を読む
ワシリー・カンディンスキー《Several Circles》

実践ガイド

抽象画の前で、意味より先に見るもの

『何の絵だろう』と考え続けると、抽象画の前で目が止まります。そんなときは、いちばん強い色を一つ選び、そこから伸びる線を追ってみてください。画面は左右どちらへ重いでしょうか。

記事を読む

出典