同じ画風ではつながらない人々

フルクサスは1960年代を中心に広がった国際的なネットワークです。同じ色や形を共有する一派ではありません。音楽、美術、詩、出版、パフォーマンスの間を行き来する人々が集まりました。

展示室に残る物だけを比べると、作品同士は似ていません。代わりに、短い指示で始まる、身近な材料を使う、観客を巻き込むといった態度を探します。フルクサスの輪郭は、見た目より作品の始め方に現れます。

拍子抜けするほど短い指示にも意味がある

フルクサスのイベント・スコアには、一行ほどの指示から成るものがあります。読んで終わるのか、実行するのか、誰が行っても同じ作品なのか。短いからこそ、書かれていない部分を参加者が引き受けます。

冗談のような行為も、権威ある美術は重厚でなければならないという期待を外しました。笑ったあとに『なぜこれを美術の場で行ったのだろう』という疑問が残れば、軽さは思考を止めるものではなく入口になります。

《Cut Piece》では、観客の選択が空気を変える

《Cut Piece》の指示は単純でも、観客の振る舞いは同じになりません。どこをどれほど切るか、次の人が前の行為を見てどう動くか。その選択の積み重ねが、会場のためらいや緊張を変えます。

見る側だった人が舞台へ上がり、作品を進める当事者になる。そこで、鑑賞、参加、同意、暴力の境目が不安定になります。写真一枚で記録できるのは途中の姿だけで、作品の大部分はその場にいた人の判断と時間です。

ナムジュン・パイクは、テレビにも同じずれを作った

ナムジュン・パイク《TV Buddha》では、仏像がテレビに映る自分を見続けます。テレビは番組を受け取る家具だったはずなのに、カメラとつながれ、終わりのない自己像を返す装置になります。

静かな仏像と新しい電子機器の組み合わせは可笑しくもあり、監視や自己像も連想させます。日用品の役割を少しずらし、見慣れた行為を考え直させる点で、パイクのメディア作品にもフルクサスとのつながりが見えます。

残った物より、起きた順番をたどる

展示に写真、指示文、使われた道具が並んでいたら、時間の順に置き直します。開始の合図、参加した人、途中の変化、残った物をたどる。展示物が少なくても、その場で続いた時間を想像できます。

『これで終わり?』と感じたら、その短さも手がかりです。もう一度実行できるのか、別の人が行えば同じ作品になるのかを考えると、完成品を見る美術とは違うルールがつかめます。

作品で見る

オノ・ヨーコ《Cut Piece》
Cut Piece / オノ・ヨーコ(1964年)
観客参加によって作品の緊張がその場で変化していく、フルクサスの代表作
画像を拡大画像出典
ナムジュン・パイク《TV Buddha》
TV Buddha / ナムジュン・パイク(1974年)
仏像とモニターを向かい合わせ、自己像と映像の関係を静かに問い返す作品
画像を拡大画像出典
ナムジュン・パイク《Fish Flies on Sky》
Fish Flies on Sky / ナムジュン・パイク(1985年)
メディアと空間全体を使い、見るという行為を環境ごと組み替えるインスタレーション
画像を拡大画像出典

よくある質問

フルクサスとパフォーマンスアートは同じですか?
重なる部分はありますが、フルクサスには行為のほか、音、言葉、指示文、出版物も含まれます。パフォーマンスは、そこで用いられた方法の一つです。
作品が簡単すぎて、何を見ればいいかわかりません。
『最初の指示は何か』『誰が参加したか』『途中で何が変わったか』を順に追ってみてください。完成品が簡素でも、出来事には見る場所がいくつもあります。
フルクサスは今の現代美術とどうつながっていますか?
参加型作品、指示文の作品、映像インスタレーション、関係性を重視する作品など、多くの現代美術に感覚の源流としてつながっています。『物』より『経験』を重視する見方は、いまでも生きています。

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ナムジュン・パイク《TV Buddha》

1960-90年代 / 米欧中心

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見る範囲
映像、モニター、音、置かれた部屋、上映時間
TV Buddha
カメラが撮る現在の仏像を、閉回路でモニターへ返す

仏像の正面にテレビがあり、その脇のカメラが仏像を撮っています。画面は録画を再生していません。いま目の前にいる仏像が映っています。ナムジュン・パイク《TV Buddha》では、映像の筋を追うより、カメラからモニターへ戻る輪を見る方が早い。

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