本文に出てくる美術用語

主題と記号アレゴリー

アレゴリーは、抽象的な概念や思想を、人や場面、物語に置き換えて表す方法です。

主題と記号イコノグラフィー

イコノグラフィーは、作品に描かれた人物、主題、持ち物、身振りを特定し、その組み合わせを調べる方法です。美術史では「図像学」または「図像研究」と訳されます。

舞台は1830年7月のパリ

背景にあるのは、シャルル10世に対してパリ市民が立ち上がった1830年7月27日から29日の「三日間」です。ルーヴルは、弾圧された報道の自由も蜂起の理由に挙げています。題名の「7月28日」は、その真ん中の日を指します。

中央の女性は、現場にいた誰かの肖像ではありません。古代風の衣とフリジア帽を身につけた女神でありながら、群衆と同じ裸足で瓦礫を踏む。歴史画と寓意が、一人の身体の中で重なっています。

瓦礫を底辺にした、息苦しい三角形

倒れた身体と石を底辺に、自由の頭、さらに三色旗へ向かって人の塊が細くなります。安定した三角形に見えて、その内側は腕、銃剣、銃身の斜線だらけです。秩序と切迫が同居します。

2024年に終わった修復では、黄一色と思われていた女性の衣が、灰色の下地に濃淡の異なる黄色を重ねたものだと確かめられました。青と赤が衣服のそこここで旗に応答し、胸元の黄色だけが熱を帯びる。構図の骨組みと一緒に、色の置き方も見たい作品です。

ダヴィッドの整列と、ドラクロワの混雑

ダヴィッドの新古典主義では、人物の姿勢と空間が明快な秩序をつくります。ドラクロワは、重なる身体と不均衡な斜線で政治的な瞬間を押し出しました。どちらも公共の主題を扱いながら、感情の動かし方が違います。

ダヴィッドでは腕や剣の位置が読み取りやすく、誰が何を誓っているかが一目で分かります。ドラクロワでは身体が重なり、煙が奥を隠す。この混雑そのものが、集団の高揚と危うさを伝えています。

革命だけを描いた画家ではない

有名な一枚から入ると、ドラクロワを革命専門の画家だと思いがちです。本人が繰り返し描いたのは、文学、宗教、ギリシャ独立戦争、北アフリカで見た光景など、もっと広い主題でした。

《サルダナパロスの死》では赤い寝台から人、布、宝石、馬へと騒ぎが広がります。題材は別でも、色と身体を衝突させ、場面の温度を上げる手つきはよく似ています。二枚を並べると、ドラクロワらしさは旗より先に、画面を落ち着かせない組み立て方に見つかります。

作品で見る

ウジェーヌ・ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》
民衆を導く自由の女神 / ウジェーヌ・ドラクロワ(1830年)
三色旗を掲げる女性と市民が、倒れた人々を越えて手前へ進みます。
この作品の解説画像を拡大画像出典
ジャック=ルイ・ダヴィッド《ホラティウス兄弟の誓い》
ホラティウス兄弟の誓い / ジャック=ルイ・ダヴィッド(1784年)
三人の腕と剣が中央で交わり、人物の役割を整然と読み取れる画面です。
画像を拡大画像出典
ウジェーヌ・ドラクロワ《サルダナパロスの死》
サルダナパロスの死 / ウジェーヌ・ドラクロワ(1827年)
赤い寝台から布、身体、馬へ斜線が走り、画面の端まで騒ぎが途切れません。
画像を拡大画像出典

よくある質問

この絵は1830年7月革命の記録画ですか?
実際の出来事を背景にしていますが、現場をそのまま写した絵ではありません。実在しない「自由」の女性像を市民の列へ加え、革命の熱と犠牲を一つの場面にまとめています。
ロマン主義は、感情の強い絵という意味ですか?
感情が強く動くのは確かです。ただ、その高揚は偶然ではありません。旗へ上がる斜線、繰り返す三色、重なる身体が、見る人の目を群衆と同じ方向へ運びます。
最初はどの部分に注目すると追いやすいですか?
旗から腕、銃剣、足元の身体へ、斜めの線を下ってください。続いて左下の落ちた靴、右奥の建物まで見ると、象徴として有名な絵の中に、街頭の細部がかなり残っていると分かります。

作家・時代・見方を選ぶ

同じテーマドラクロワ

同じテーマの記事をまとめています。

ほかの記事を探す

作品・作家

近い作品・作家の記事

同じ作家や時代を扱う記事です。

東方風の室内で背を向ける女性を描いたアングル《グランド・オダリスク》

18世紀末〜19世紀 / ヨーロッパ・北アフリカ・西アジア

ターバンやタイルの向こうに、誰の視線があるのか

対象
西洋側が一括して想像した北アフリカ、西アジア、地中海東部
成り立ち
旅行と観察に、文学、収集品、空想、植民地支配が重なった

《グランド・オダリスク》には、ターバン、孔雀の羽根の扇、青いカーテンが描かれています。しかしアングルは北アフリカや西アジアを訪れていません。19世紀の「東方」は、旅で見たもの、輸入された品、文学、帝国の政治、画家の空想が混ざる場所でした。

記事を読む
ウジェーヌ・ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》

作品ガイド

《民衆を導く自由の女神》は、なぜ死者の上を進むのか

作品
ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》
何革命?
1830年7月革命(7月27日から29日の「栄光の三日間」)

倒れた人々を踏み越え、三色旗を掲げた女性がこちらへ進んできます。ドラクロワが描いたのは1830年の7月革命です。中央の女性は「自由」に身体を与えた寓意像で、特定の参加者を描いた人物ではありません。

記事を読む

波、夕立、蒸気。天候と大気が、景色を出来事へ変える3枚です。

特集の記事をすべて見る
葛飾北斎《神奈川沖浪裏》

作品ガイド

《神奈川沖浪裏》を、波だけで終わらせない

読み方
かながわおきなみうら
作者
葛飾北斎

《神奈川沖浪裏》は「かながわおきなみうら」と読みます。葛飾北斎の『冨嶽三十六景』の一図で、1830〜1832年頃に刊行されました。大波の下には三艘の舟があり、その奥に小さな富士が見えます。

記事を読む
歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》

作品ガイド

《大はしあたけの夕立》を解説|雨の線とゴッホへの影響

作者・制作年
歌川広重、1857年(安政4年)
シリーズ
《名所江戸百景》第58景

《大はしあたけの夕立》は、隅田川に架かる新大橋を突然の夏の夕立が襲う場面です。橋の人々は身をすぼめて急ぎ、川では筏を操る船頭が雨を受けています。広重は交差する細い雨線、暗い雲、近くで切れる橋を組み合わせ、静止した木版画に雷雨の時間をつくりました。

記事を読む
J.M.W.ターナー《雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道》

作品ガイド

輪郭が消えるほど、列車は速くなる。《雨、蒸気、速度》

作者・制作年
J.M.W.ターナー、1844年
何を描いた?
雨の中、メイデンヘッド鉄道橋を渡る蒸気機関車

雨の中から黒い機関車が現れ、細い橋をこちらへ走ってきます。車輪も客車もよく見えません。それでも速さは伝わる。橋の急な遠近と、線路に描き足された小さな野うさぎを手がかりに、この見えにくい絵をたどります。

記事を読む

テーマを広げる

関連するテーマ

同じタグや視点を持つ記事をまとめました。

雲海と岩山を見渡す人物を描いたフリードリヒ《雲海の上の旅人》

18世紀後半〜19世紀前半 / ヨーロッパ

美しいのに怖い。ロマン主義の「崇高」

感覚
美しさだけでなく、恐れ、圧倒、快さが混ざる
主な対象
山、海、嵐、霧、廃墟、巨大な距離

霧の山を前にした人物は小さく、嵐の海では船も輪郭を失います。美しいのに、少し怖くて目を離せない。18世紀の美学で論じられた「崇高」は、この混ざった感覚を考える言葉です。

記事を読む
フリードリヒ《雲海の上の旅人》

19世紀中心 / ヨーロッパ・日本

風景画の歴史入門:背景だった景色が“主役”になるまで

人の後ろに広がる雲海、夕日へ曳かれる古い戦艦、遠くの富士へ重なる大波。同じ風景画でも、こちらが感じる時間はまるで違います。自然を正確に写したかを競う前に、人物、光、地平線がどこに置かれたかを比べてみましょう。

記事を読む

参照した資料