この絵で走っているのは機関車だけではなく、画面そのものです
《雨、蒸気、速度》を見ると、黒い機関車だけが主役に見えます。でも本当に動いているのは、橋の対角線、煙と雨のにじみ、手前から奥へ流れる空気全体です。
だからこの作品では、列車を詳しく見ようとするほど、逆に速度は逃げます。むしろ画面全体の流れを受け止めたときに、列車がそこから飛び出してくる感じが強くなります。
橋の遠近法が、列車より先にこちらの身体を前へ引っぱります
Maidenhead Railway Bridge の斜めに走る線は、列車が来る道筋をそのまま視線の通り道にしています。橋の線をたどるだけで、目は自然に奥から手前へ引き戻されます。
ターナーはここで、橋を背景にしていません。むしろ橋の遠近法が先に動きを作り、その上に列車を乗せています。そのため、列車は『橋の上にいる』より『橋の勢いから飛び出してくる』ように見えます。
雨と蒸気が混ざるので、機械の硬さがそのままでは残りません
この作品では、空気が濡れていて、煙も蒸気も雨も完全には分かれません。列車は近代的な機械ですが、画面の中では風景の粒子に飲み込まれながら進んでいます。
ここが面白いところです。技術の勝利を固く描くのではなく、自然の中へ列車を投げ込みます。その不安定さまで含めて、近代の感覚にしています。
小さな野うさぎがいるので、速度はひとつではないとわかります
National Gallery の紹介でも触れられているように、画面には線路の上を走る小さな野うさぎが含まれます。いまでは見えにくい細部ですが、この存在のおかげで速度は機関車だけのものではなくなります。
蒸気機関の速さと、生き物の速さ。圧倒的に異なる二つが一枚の中で並ぶので、この絵は単なる産業賛歌にはなりません。近代の速度がいかに異様か、その差でわかるようになっています。
見るときは、機関車の形より『見えたり消えたりする感じ』を追う
列車の形を確定させようとすると、この絵はぼやけた絵に受け取られやすいです。最初は、どこが見え、どこが蒸気や雨に吸われるかを追う方が追いやすいです。
すると、《雨、蒸気、速度》は機関車の絵というより、近代の感覚が風景全体に染みていく絵としてつかめます。
作品で見る
Rain, Steam, and Speed - The Great Western Railway / J.M.W.ターナー(1844年)
列車の輪郭をにじませながら、それでも前進する感覚だけは強く残すターナーの代表作
画像を拡大画像出典The Fighting Temeraire / J.M.W.ターナー(1839年)
こちらでは帆船と蒸気船の対比がはっきり見える。並べると、《雨、蒸気、速度》でターナーがどこまで形を溶かしたかがわかる
詳しく読む画像を拡大画像出典Sudden Shower over Shin-Ohashi Bridge and Atake / 歌川広重(1857年)
広重が雨を線で刻むのに対して、ターナーは雨と蒸気をにじませる。天候で動きをつくる別のやり方が見えてくる
詳しく読む画像を拡大画像出典 よくある質問
- 《雨、蒸気、速度》は近代化を礼賛した絵ですか?
- 列車の力強さはありますが、単純な礼賛ではありません。雨や蒸気に列車を溶かし込み、不安定さも含めて近代の感覚を描いています。
- 野うさぎは本当に描かれているのですか?
- はい。現在は見えにくいですが、National Gallery の紹介でも重要な細部として触れられています。
- 最初はどこから見ると追いやすいですか?
- 列車だけを追わず、橋の線をたどってから煙と雨へ目を広げると、画面全体の速度を追いやすくなります。
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