本文に出てくる美術用語

現代美術アプロプリエーション

アプロプリエーションは、すでに存在する画像、物、記号、スタイルを取り込み、別の文脈で提示する方法です。

ポストモダンは、一つの様式名ではない

ポストモダンは、印象派やキュビスムのように共通の見た目を持つ運動ではありません。1970年代以降、ひたすら新しく、純粋な形へ進むというモダニズムの物語へ、さまざまな作家が疑問を向けました。

古い様式と広告、高級美術と大衆文化、原作と複製を同じ場所に置く。一本の進歩史から外れた複数の方法が、ポストモダンという言葉でまとめられています。作品を見た目だけで判定できないのは、そのためです。

借りた画像は、出典を消さない

アプロプリエーションは、すでにある画像や物を作品へ取り込む方法です。借用元が分からないように隠すより、「どこかで見た」という記憶を働かせます。広告が美術館へ移れば、商品を売る力と女性像の作られ方を別の距離から見直せます。

出典を突き止めて終わりではありません。画像を切ったか、拡大したか、文字を加えたか、同じまま撮り直したか。元画像との小さな差と、新しく置かれた場所の両方に作者の判断があります。

ポップアートは、ポストモダンの前史として読む

《Whaam!》と《Campbell's Soup Cans》は、1960年代のポップアートです。後に広がるポストモダンとは時期が異なります。ただし、コミックや商品ラベルを高級美術へ持ち込んだ仕事は、オリジナルと複製の境を揺らす前史になりました。

《Whaam!》は小さな漫画を二枚組の巨大絵画へ変え、《Campbell's Soup Cans》は売り場の缶を32枚の絵へ変えます。借りた像の内容より、サイズ、数、置き場所が大きく変わっています。

椅子は一脚なのに、作品には三つある

コスースの《One and Three Chairs》には、木の椅子、その椅子の写真、「chair」の辞書的定義が並びます。物は一脚です。それでも像と言葉を加えると、作品名は「三つの椅子」になります。

この作品も1965年で、ポストモダンが広く論じられる前に作られました。絵具や石に、写真や既成の定義も加わる。その発想が、後の引用や複製を考える足場になりました。

元画像を開いたまま、作品を見る

引用元が分かる作品なら、元画像と作品を並べます。残った部分、切られた部分、変わった色、足された文字を一つずつ確かめます。似ているところより、作者が動かした箇所の方が重要です。

最後に、元画像があった場所を思い出します。雑誌、商品棚、辞書、美術史の教科書。それが美術館や巨大なキャンバスへ移ると、誰が作り、誰が所有し、どんな目的で流通した像なのかが問い直されます。

作品で見る

ロイ・リキテンスタイン《Whaam!》
Whaam! / ロイ・リキテンスタイン1963年
漫画の構図を組み替え、二枚組の巨大絵画へ移した。後の引用表現につながるポップアートの一例
画像を拡大画像出典
アンディ・ウォーホル《Campbell's Soup Cans》
Campbell's Soup Cans / アンディ・ウォーホル1962年
商品棚のイメージを32枚の絵へ置き換えた。初展示では缶のように棚へ一列に並んだ
この作品の解説画像を拡大画像出典
ジョセフ・コスース《One and Three Chairs》
One and Three Chairs / ジョセフ・コスース1965年
木の椅子、現物を写した写真、辞書の定義。借りた言葉まで同じ壁に並ぶ
この作品の解説画像を拡大画像出典

よくある質問

ポストモダンアートは、何でもありという意味ですか?
いいえ。共通の様式がないため雑多に見えますが、引用元、変更点、展示場所には作者の選択があります。「何を混ぜたか」より、その組み合わせが従来の価値観をどう揺らすかを見ます。
アプロプリエーションと盗作は違いますか?
アプロプリエーションでは、借用の事実を鑑賞者に意識させることが作品の核になります。ただし、そう名づければ著作権や倫理の問題が自動的に解決するわけではありません。作品の意図、借り方、権利上の扱いは分けて考える必要があります。
ポップアートもポストモダンですか?
同じものではありません。ポップアートは1950〜60年代に展開し、ポストモダンが広く論じられる時期より早く始まりました。商品イメージや複製文化を美術へ持ち込んだ点で、後の表現へ続く前史として読めます。

作家・時代・見方を選ぶ

美術史の順番近代社会の変化からアートを読む

19世紀以降の美術を、社会や思想の変化と一緒に読みたいときに。

同じテーマポストモダン

同じテーマの記事をまとめています。

ほかの記事を探す

作品・作家

近い作品・作家の記事

同じ作家や時代を扱う記事です。

アンディ・ウォーホル《Campbell's Soup Cans》

1950〜60年代 / 英米中心

スープ缶が美術館へ入ったとき、何が変わったのか

背景
戦後の大量消費、広告、テレビ、雑誌文化の拡大
美術の変化
商品や大衆イメージが、美術の中心的な素材になった

同じスープ缶が、店の棚を思わせる等間隔で並んでいます。別の大画面では、コミックの爆発音と網点が拡大されています。戦後の街を埋めたパッケージ、広告、テレビ、雑誌を、ポップアートは美術館へ運び込みました。

記事を読む
ロイ・リキテンスタイン《Whaam!》

1950年代半ば〜1960年代 / イギリス、アメリカ

スープ缶と漫画は、美術館でどう見える?

題材
商品、広告、コミック、映画スターなど、広く流通するイメージ
よく使う方法
反復、拡大、切り抜き、印刷表現のまね

スーパーなら数秒で通り過ぎる赤白の缶が、美術館では32枚続きます。漫画なら一瞬で読む爆発が、《Whaam!》では横幅4メートルを超えます。題材はよく知っているのに、見慣れた大きさと速度では見られません。

記事を読む
椅子、椅子の写真、椅子の定義を並べたジョセフ・コスース《One and Three Chairs》

1960年代以後 / 米欧

椅子は一つ、それとも三つ? 記号論で見る現代アート

思想の鍵
もの単体より、記号どうしの関係に意味が宿る
美術の変化
物、写真、言葉、タイトル、記録が同じ画面で競合する

展示室に椅子が一脚。その横には椅子の写真と、辞書から引いた「chair」の定義があります。どれが本当の椅子で、どこまでが作品なのでしょう。《One and Three Chairs》の前なら、記号論を暗記する必要はありません。

記事を読む

テーマを広げる

関連するテーマ

同じタグや視点を持つ記事をまとめました。

ゲリラ・ガールズの展示風景

1960年代以後 / 国際

制度批評は、便器から始まった運動ではない

成立
1960年代以降、美術館の権力構造を扱う実践として現れた
代表例
ハンス・ハーケ《MoMA Poll》(1970年)

1970年、ニューヨーク近代美術館を訪れた人は、作品を見るだけでなく一票を投じました。質問は、ベトナム戦争を非難しない州知事候補に投票するかどうか。その候補ネルソン・ロックフェラーは、MoMAの理事でもありました。

記事を読む
ジョセフ・コスース《One and Three Chairs》

20世紀以後 / 国際

白い壁は、本当に中立なのか

意味
白い壁と余白で作品を日常から切り離して見せる展示形式
見る鍵
作品から壁、床、照明、距離、動線へ視野を広げる

白い壁、均一な光、作品どうしの広い間隔。何も主張しない背景に見えます。けれど、この部屋へ入った椅子は家具ではなく作品として見え始める。壁、床、照明、鑑賞者との距離まで、ホワイトキューブは私たちの見方を静かに導いています。

記事を読む
ガボンのベツィ=ファンの作家による木製の守護頭部ンロ・ビエリ

20世紀後半以後 / 国際

作品はどこから来て、誰の声で語られているのか

見る対象
作品の形から、由来、所有、展示、語り手へ視野を広げる
接点
オリエンタリズム、プリミティヴィズム、返還、グローバル美術

展示ラベルに作者名がなく、『ある文化の作家』とだけ書かれている。取得年はあっても、誰から渡ったかは分からない。そんな空白に出会ったら、作品がここまで来た経路を考えてみます。

記事を読む

参照した資料