故障を直さず、映像の拍子にする

彫刻を学んだジョナスは、1960年代末からパフォーマンスと映像へ活動を広げました。1972年の《Vertical Roll》では、演じる本人と同じくらい、身体を切る画面の縁や黒い帯が存在感を持ちます。

帯が通過する一瞬、頭や腕が消え、次の位置から続きが現れます。どの部分を自分の頭でつないだか、ひとつだけ覚えておいてください。映像を見ているはずが、見る側の補完作業まで作品に含まれていたと気づきます。

鏡は、全身を見せるために置かれていない

初期のパフォーマンスで、ジョナスは鏡や仮面を持って単純な動作を繰り返しました。鏡が傾くたび、観客に届くのは顔、腕、周囲の景色の断片です。本人が目の前にいるのに、ひと続きの姿はつかみにくくなります。

鏡を自画像の小道具とだけ考えると、この不安定さを見落とします。反射する範囲は観客の位置で変わり、隣の人と同じ像を見ているとも限りません。見る側の立ち位置まで、作品の条件に含まれています。

《Vertical Roll》は二台のカメラで作られた

一台目のカメラは、ジョナスが演じる人格「オーガニック・ハニー」を撮り、その映像をテレビへ送ります。テレビでは送信と受信の周波数をずらし、水平の黒い帯が繰り返し流れる状態を作りました。二台目のカメラが、そのモニター画面を撮ったものが完成版です。

木片を打つ乾いた音は、撮影とは別に録音してあとから加えられました。身体の動き、黒い帯、打音はぴったり同時には進みません。ジョナスが言う「錯覚の仕組みを明かす」という狙いは、このわずかな食い違いに表れています。

録画を見ていても、パフォーマンスの時間が残る

完成した映像には、最初のカメラが撮った身体、その映像を映すモニター、さらにモニターを撮る二台目のカメラという層が重なっています。それでも、木片を打つ手つきや一定の反復には、その場で演じた時間が残ります。

《TV Buddha》では、カメラとモニターが閉じた回路を作ります。ジョナスの映像では、その回路の中で身体が何度も切れる。装置の違いを確かめると、同じ「ビデオアート」でも関心の置き場所が違うとわかります。

最初の一分は、帯と音だけを見る

最初から全体を理解しようとせず、一分だけ黒い帯と打音を追います。音が鳴った瞬間に、帯はどこにあり、身体のどの部分が見えているか。二つが合うと予想したところで外れると、こちらの身体まで調子を崩されたように感じます。

次は、帯が隠した部分を自分がどう補ったかを見ます。画面には断片しかないのに、ひと続きの身体として見てしまう。その無意識のつなぎ方に気づいたとき、故障のような映像が見る側の問題へ変わります。

作品で見る

ジョーン・ジョナス《Vertical Roll》
Vertical Roll / ジョーン・ジョナス1972年
一台目の映像を乱したモニターごと、二台目のカメラで撮った作品
画像を拡大画像出典
ナムジュン・パイク《TV Buddha》
TV Buddha / ナムジュン・パイク1974年
仏像を撮るカメラと、その像を映すモニターが閉じた回路を作ります
画像を拡大画像出典
オノ・ヨーコ《Cut Piece》の案内表示
Cut Piece / オノ・ヨーコ1964年
観客が衣服を切る行為を通じ、生身の身体との距離を問うパフォーマンス
画像を拡大画像出典

よくある質問

ジョーン・ジョナスはパフォーマンス作家ですか、ビデオ作家ですか?
両方です。《Vertical Roll》も、カメラの前で演じた身体と、その映像を受けるモニターを切り離せません。どちらの分類に入るかより、装置が身体の見え方をどう変えたかを見る方が作品に近づけます。
《Vertical Roll》は故障した映像を見せているだけですか?
いいえ。テレビの同期を意図的にずらし、そのモニターを別のカメラで撮っています。乱れを使って、身体の動きと作品のリズムを組み立てました。
最初は何に注目すると追いやすいですか?
一分だけ、黒い帯と木片を打つ音を追ってください。二つがいつ合い、いつ外れるかを見ると、映像の仕組みと身体の関係が具体的につかめます。

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