本文に出てくる美術用語
短い筆触を重ね、形の手がかりを拾う
セザンヌは、斜めに傾く短い筆触を隣り合わせ、色の変化で山や木の形を探りました。後に『構築的筆触』と呼ばれる描き方です。輪郭を引いて中を塗る順序を取らず、青、緑、黄土色の一筆ごとに隣との関係を整えていきます。
そのため、外形が二重に見えたり、物の面が少し傾いて見えたりします。正解を一度の視線で定めず、見直すたびに変わる判断を画面へ残しました。
白い下地は、未完成の印なのか
ネルソン・アトキンス美術館のこの作品には、カンヴァスの白い下地が広く残っています。とくに空や前景では、色の間から白がのぞきます。晩年のセザンヌが完成と考えた状態なのか、仕事の途中だったのか、研究者の見解は一つではありません。
白い部分を塗り忘れだと考えて、頭の中で埋めてしまうのは惜しい。色が置かれた場所と置かれていない場所を見比べると、画家がどこで手を止め、どの関係を残したかが分かります。
印象派と一緒に展示し、そこから別の問題へ進んだ
セザンヌはピサロと戸外制作を行い、明るい色を学びました。1874年の第1回印象派展にも3点を出品しています。その後も、目の前の光に加えて、対象同士がどう並び、互いを押し返すかを長く見続けました。
印象派との違いを筆の速さだけで分ける必要はありません。木、家、山を見て、同じ青や緑が手前と奥の両方にある場所を探す。それだけで、遠近が素直に後ろへ退かないセザンヌの画面を体感できます。
一つの消失点より、物同士の関係を優先した
古典的な遠近法では、画面の奥へ向かう線を一つの消失点へ集めます。セザンヌはその整合性より、目の前の物が隣の物とどう見えるかを優先しました。静物ではテーブルの縁が途中でずれ、風景では空の色が山へ入り込みます。
ピカソやブラックらが注目したのは、このずれを失敗として隠さない態度でした。フアン・グリス《ピカソの肖像》まで進むと、顔や服がさらに硬い面へ分かれます。見たものを一枚の窓に収めない発想が、別の形で受け継がれたと分かります。
山頂から下り、同じ青を探す
まず山頂の左端から右端へ輪郭をたどります。青が斜面へ入り込むところ、輪郭が途切れるところが見つかります。次に視線を下げ、同じ青が木や家の近くに現れる場所を探してください。
締めくくりに白い下地へ目を移します。空白に見えたところが、色と色のあいだに空気を通す余白へ変わるはずです。『近代絵画の父』という呼び名より、この三つの手順の方がセザンヌの絵に近づけます。
作品で見る
よくある質問
- セザンヌは印象派ですか?
- 1874年の第1回印象派展に出品し、ピサロとも制作しました。『ポスト印象派』は後から付いた分類で、セザンヌ自身がその名のグループに参加したわけではありません。
- なぜ“近代絵画の父”と呼ばれるのですか?
- 後の画家、とくにキュビスムへ大きな影響を与えたことを示す呼び名です。作品を見るときは肩書きより、輪郭のずれや色の反復を確かめる方が具体的です。
- 最初に何を見ればいい?
- 山と空の境界を端から端まで追い、次に手前と奥で繰り返される青を探してください。





