目が合ったと思うと、少し外れている

女性の顔はほぼ正面を向き、最初はまっすぐ見返されているように感じます。けれども瞳は、見る人からわずかに外れ、横と上へ向いています。ルーヴルの作品解説も、この小さなずれを指摘しています。

視線の先に誰がいるのかは描かれていません。だから私たちは、見られている緊張と、置いていかれる感覚を同時に受け取ります。まず瞳だけを見てから、顔全体へ戻ると、この肖像の静かな動きがよく分かります。

《美しきフェロニエール》は、本来の題名ではない

国立新美術館とルーヴルは、作品名を《女性の肖像》とし、《美しきフェロニエール》を誤って付された別称として案内しています。いま広く知られる名前は、モデル本人を確定する証拠ではありません。

ルーヴルの鑑賞ガイドによれば、アングルがこの肖像を素描で写した際、館内にあった別の絵の名前と取り違えたことが通称の由来です。名前から物語を想像する前に、『誰か分からない女性の肖像』として衣装や視線を見直してみます。

モデルは、ルクレツィア・クリヴェッリなのか

候補としてよく挙がるのは、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァの愛人だったルクレツィア・クリヴェッリです。レオナルドがミラノ宮廷で働いていた時期とも重なります。

ただし、ルーヴルはこの説を可能性の一つにとどめ、モデルの身元は未確定としています。モデル名は断定できません。衣装や視線など、絵の中に残る手がかりを見ていきます。

身体と顔が、同じ方向を向いていない

身体は斜めに置かれ、頭はそこから別の方向へ戻ります。《白貂を抱く貴婦人》にも見られる動きですが、こちらは動物や手のしぐさがなく、顔の向きと視線だけで瞬間を作っています。

ルーヴルは、人物の外見を写す肖像から、内面まで感じさせる肖像へ進んだ点をこの作品の新しさとして挙げています。何かに気づいたのか、警戒しているのか。表情を一つの感情へ固定できないところは、後の《モナ・リザ》にもつながります。

東京では、画面の小ささも確かめたい

作品は約63.5 × 44.5cm。高さ60cmほどの板の中に、一人の人物が収まっています。画面で拡大した顔を見慣れていると、実物の小ささと人物の存在感の差が意外に感じられます。

国立新美術館の『ルーヴル美術館展 ルネサンス』で、2026年9月9日から12月13日まで日本初公開されます。最初から細部へ寄らず、少し離れて身体のひねりを見てから、瞳と口元へ近づく。この順番なら、レオナルドが一瞬の気配をどう残したかを追いやすくなります。

三つの肖像で、視線の動きを比べる

顔の向き、身体のひねり、こちらとの距離がどう変わるか。年代の近い肖像を並べて、その違いを比べます。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》
Portrait of a Woman, known as La Belle Ferronnière / レオナルド・ダ・ヴィンチ(1490-1497年頃)
身体は斜め、顔は正面寄り、瞳は横と上へ向き、画面の外にいる誰かの気配を残す
画像を拡大画像出典
レオナルド・ダ・ヴィンチ《白貂を抱く貴婦人》
Lady with an Ermine / レオナルド・ダ・ヴィンチ(1490年頃)
女性と白貂が同じ方向へ注意を向ける。動きの大きさを比べると、《美しきフェロニエール》の抑制が際立つ
画像を拡大画像出典
レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》
Mona Lisa / レオナルド・ダ・ヴィンチ(1503年頃-1519年頃)
身体のひねりを保ちながら、視線と口元をさらに曖昧にした後年の肖像
この作品の解説画像を拡大画像出典

よくある質問

《美しきフェロニエール》のモデルは誰ですか?
確定していません。ルクレツィア・クリヴェッリとする説がありますが、ルーヴルも可能性の一つとして紹介しています。
なぜ『誤って付された別称』と書かれているのですか?
ルーヴルによると、アングルがこの肖像を素描で写した際、別の絵の名前と取り違えたことが通称の由来です。作品の正式な案内名は《女性の肖像》です。
最初はどこを見るとよいですか?
顔はほぼ正面ですが、瞳はわずかに横と上へ外れています。身体と頭の向きも比べると、静かな画面の中に動きが見つかります。
《モナ・リザ》と似ているところはありますか?
身体と顔の向きをずらし、表情を一つの感情へ固定しないところです。《美しきフェロニエール》の方が視線は強く、口元は閉じています。
日本ではどこで見られますか?
国立新美術館の『ルーヴル美術館展 ルネサンス』で、2026年9月9日から12月13日まで日本初公開されます。

作家・時代・見方を選ぶ

この作家の作品レオナルド・ダ・ヴィンチ

代表作や同時代の作品を、作家ごとにまとめています。

この順番で読む《モナ・リザ》からレオナルドの見方へ進む

有名な微笑みの次に、レオナルドが人物と空間をどう描いたかを知りたいときに。

同じテーマ作品を読む

同じテーマの記事をまとめています。

ほかの記事を探す

作品・作家

近い作品・作家の記事

同じ作家や時代を扱う記事です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》

開催中

2026年 / 日本の展覧会

ルーヴル美術館展へ。チケットを買う前に知っておきたいこと

会場
国立新美術館
会期
2026年9月9日〜2026年12月13日

国立新美術館「ルーヴル美術館展 ルネサンス」は、2026年9月9日に開幕しました。12月6日までは日時指定なしで入場でき、一般当日券は2,400円です。会期末の12月7日から13日は通常券とは別の日時指定券が必要で、オンラインで販売中です。

記事を読む
レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》

作品ガイド

《モナ・リザ》はなぜ有名?何がすごい?5つの見どころ

作者
レオナルド・ダ・ヴィンチ
制作年
1503年頃-1519年頃

《モナ・リザ》は、レオナルド・ダ・ヴィンチがリサ・ゲラルディーニを描いた肖像画です。なぜ世界的に有名なのかは、微笑みだけでは説明しきれません。顔は光と影の間へ溶け、重ねた両手は静かに止まり、背後の道は遠い山へ曲がります。

記事を読む
レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》

15世紀末 / ミラノ

十三人の食卓で、手だけが騒いでいる

食卓には十三人もいるのに、顔を暗記する必要はありません。開いた手、胸を指す手、隣へ伸びる手を追えば、「この中の一人が私を裏切る」という言葉が左右へ走るのが見えるからです。

記事を読む

日本の展覧会を、会期・公式情報・予習記事と一緒に確認できます。

特集の記事をすべて見る
白隠慧鶴の自画像

これから

2026年-2027年 / 日本の展覧会

白隠さんの禅|会期・チケット・見どころ

会場
京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
会期
2026年12月17日〜2027年1月11日

スタジオジブリ企画制作「白隠さんの禅」は、京都市京セラ美術館 新館 東山キューブで2026年12月17日から2027年1月11日まで開かれます。前売券は発売中で、一般・大学生は1,500円。

記事を読む
源氏物語絵巻の東屋の場面

開催中

2026年 / 日本の展覧会

特別展「源氏物語 王朝のかがやき」|チケット・展示替え

会場
京都国立博物館 平成知新館
会期
2026年10月6日〜2026年11月29日

京都国立博物館の特別展「源氏物語 王朝のかがやき」は、2026年10月6日から11月29日まで開催中です。一般の当日券は2,200円。前売券とペア前売券は販売を終えました。

記事を読む
エリザベート・ヴィジェ=ルブラン《バラを持つマリー・アントワネット》

開催中

2026年 / 日本の展覧会

ドレスから映画衣装まで。マリー・アントワネット像を追う

会場
横浜美術館
会期
2026年8月1日〜2026年11月23日

横浜美術館の『マリー・アントワネット・スタイル』は、2026年11月23日まで開催中です。ドレス、宝飾、家具、映画衣装まで約200点。王妃が身につけたものと、後の時代に作られた『マリー・アントワネット像』が同じ会場に並びます。

記事を読む

テーマを広げる

関連するテーマ

同じタグや視点を持つ記事をまとめました。

マサッチオ《聖三位一体》

作品ガイド

壁の奥に礼拝堂が開く。《聖三位一体》の遠近法

平らな教会の壁に、石造りの礼拝堂が奥へ続いているように見えます。視線を下げると、墓の上には骸骨。マサッチオは遠近法を使い、立って見る私たちの高さと死を示す場所を一つの画面に組み込みました。

記事を読む
喜多川歌麿《寛政三美人》

終了

2026年 / 日本の展覧会

「百花繚乱」展で、江戸の絵をどう見る?

会場
東京都美術館
会期
2026年7月25日〜2026年10月18日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱」の東京会場は、2026年10月18日に終了しました。大阪中之島美術館での会期は10月31日から2027年1月31日です。

記事を読む
白隠慧鶴の自画像

開催中

2026年 / 日本の展覧会

禅とジブリ|チケット・見どころ・予習ガイド

会場
京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
会期
2026年10月3日〜2026年12月6日

京都市京セラ美術館の『禅とジブリ』は、2026年10月3日から12月6日まで開催中です。一般・大学生の当日券は1,900円。予約優先制が導入され、日時予約を受け付けています。

記事を読む

参照した資料