浮舟を慰めるために、物語絵を開く

まず、この部屋に集まるまでの事情を押さえます。徳川美術館の解説によると、婚約が破棄された浮舟は、異母姉である宇治の中の君のもとに身を寄せました。そこで中の君の夫・匂宮に強引に迫られたあと、中の君は浮舟を慰めようと部屋へ招き、物語絵を見せます。

図版では、左奥の緑の衣の人物の手元と、中央の几帳の後ろで開かれた冊子を見比べてください。松本猛は、国際子ども図書館公開の講義録(85頁)で、左奥の女性は絵のある冊子を見ており、中央の人物は文字の冊子を読むと説明しています。文字を声にする人と、耳で聞きながら絵を見る人。その役割を分けると、この部屋で物語がどう楽しまれているかを追えます。

ここでいう女房は、家に仕える女性を指します。国文学研究資料館も、詞書を朗読する女房の傍らで物語絵を見る浮舟を紹介しています。声に出して読む人と、絵を見る人がいる。現在の一人での黙読と比べると、物語を受け取る方法の違いが具体的になります。

几帳と襖を、同じ「背景」にしない

手前中央を斜めに横切る、茶色がかった布の仕切りが几帳(きちょう)です。人物の体の一部を隠し、室内に別々のまとまりを作っています。左の人物から右の人物へ目を動かすと、その間へ布が割り込むことがわかります。

上方には、山や木を描いた襖があります。物語絵を見る場面の中に、室内を飾る別の絵もあるのです。襖の山水を、そのまま浮舟が読んでいる冊子の内容と結びつけることはできません。絵の中にあるものが、冊子なのか、調度なのか、部屋の仕切りなのかを分けて見る必要があります。

屋根や天井を省いて室内を斜め上から見せる構図は、吹抜屋台(ふきぬきやたい)と呼ばれます。鑑賞者には部屋全体が開かれていても、画中の人物どうしには布や襖による隔たりがある。その見える範囲の差を意識すると、仕切りも人間関係を読む手がかりになります。

顔の形だけで、気持ちを決めない

細い目と鉤のような鼻を描く引目鉤鼻(ひきめかぎばな)は、この絵巻の人物表現の特徴です。顔の線が少ないから感情も単純だ、と決める必要はありません。伏せた顔の角度、重なった袖、誰の体が仕切りに隠れるかまで見ると、同じ室内での近さと遠さに気づきます。

ただし、うつむいている人を全員悲しんでいると断定するのも早計です。物語の事情は所蔵館の場面解説で確かめ、画面から観察できる姿勢や配置と合わせて考えます。ここで提案しているのは、人の気持ちを顔一つから言い当てる方法より、出来事と空間を行き来して読む見方です。

紫式部の物語と、12世紀の絵巻を分けて読む

国文学研究資料館は、『源氏物語』を西暦1000年前後に紫式部によって著されたとされる物語と説明しています。ここで見る絵巻は12世紀の制作です。原作が書かれた時期と絵巻が作られた時期を分けると、後の人が物語をどう絵にしたかが問いになります。題名の『第五十帖』は、原作の『東屋』という巻の位置を示します。

国立国会図書館の電子展示会は、王朝物語の絵巻では場面ごとに詞書(ことばがき)と絵を配し、庭や室内にも心情が表されると説明しています。詞書は絵の前後にある文章の部分です。絵だけを切り取ったこの図版から物語の全筋を読み切ることはできません。展示や図録では、文字で語られた出来事のうち、絵がどの時間を選んだのかも確かめてください。

一場面から、人物関係を読み直す

見返すときは、まず左奥と中央の冊子を探し、次に几帳の斜線、襖の山水、人物の顔の向きへ目を動かします。小さな冊子を見つけることで、声を聞くこと、絵を見ること、人と同じ部屋にいることが重なった時間として、この一枚を読み直せます。

人物名が気になったら、原作のあらすじと関係図へ進みましょう。高木和子『源氏物語入門』は、出版社提供の目次で、光源氏没後の人々や浮舟をめぐる三角関係、後世の受容まで扱うことを確認できます。絵巻の細部を解説する図録とは役割が違い、絵から原作の人間関係へ戻りたいときの入口です。

2026年の京都国立博物館「源氏物語 王朝のかがやき」は、11月3日から29日が後期展示です(11月3日、館公式で確認)。展示される場面は作品ごとに違うため、この《東屋一》の画像から出品や当日の公開を判断せず、公式の作品一覧で場面名と期間を確かめてください。来館条件やチケットは、関連記事の展覧会案内と館の公式ページへ進めます。

読み聞かせと、絵を見る時間を考える一枚

既存のPublic Domain図版を、場面の鑑賞用に掲載しています。現在展の展示状況を示す写真ではありません。

《東屋一》の室内。斜めに置かれた几帳と、山水の襖、顔を伏せた人物たち
源氏物語絵巻 第五十帖 東屋一 / 作者不詳(12世紀)
几帳は人物を隠し、襖には山水が描かれています。物語絵を見るという出来事と、室内に置かれた絵や仕切りを分けて追ってみてください。
画像を拡大画像出典

よくある質問

《源氏物語絵巻 東屋一》は何をしている場面ですか?
浮舟が、女房による物語の読み聞かせを聞きながら冊子絵を見る場面です。徳川美術館は、中の君が浮舟を慰めるために部屋へ招いた出来事として説明しています。
《東屋一》と《東屋二》は同じ画像ですか?
同じ『東屋』の巻に関わる別の場面です。ここでは《東屋一》を扱っています。図版や展示の場面名に付く『一』『二』まで確かめると、出来事を取り違えにくくなります。
原作を全部読んでいなくても絵巻を楽しめますか?
一場面から読み始められます。人物名と出来事を所蔵館の短い解説で押さえ、几帳、顔の向き、絵や文字の関係を確かめてください。筋を続けて知りたくなったら、人物関係図や原作の入門書へ進めます。
この記事の図版は京都展で見られる作品ですか?
掲載画像は《東屋一》の鑑賞用の参考図版で、京都展の出品や当日の展示を示すものではありません。2026年11月3日に確認した公式案内では後期は11月3日から29日ですが、個々の場面の出品と展示期間は公式一覧で確認してください。

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