この絵は、富士を眺める絵というより、富士だけで画面をもたせる絵です

《凱風快晴》では、山の前に人も建物も置かれていません。視線を受け止める役は、ほとんど富士そのものに集中しています。

The Met でも、この作品は『人の姿を伴わない富士』として説明されています。北斎はここで、風景の中に山を置くのではなく、山だけで風景を成立させています。

赤い山肌は、夕焼けの劇場ではなく、早朝の空気として置かれています

この作品が『赤富士』と呼ばれるのは、富士が朝の光で赤みを帯びる現象を踏まえているからです。The Met の解説では、初秋の夜明けに見られる赤い富士の姿が土台にあるとされています。

だからこの赤は、ドラマチックな炎や夕焼けのようには見えません。むしろ、空気が乾いていて、光が斜めから静かに当たっている感じとして立ち上がります。

雲と木が小さく置かれているので、山の大きさが声を張らずに伝わります

山裾の木は細い三角の列に縮められ、空には白い雲の帯が流れています。どちらも小さい要素ですが、これがあるので富士の斜面の傾きと量感がはっきりします。

大きさを説明する物差しを前景に置くのではなく、極端に小さな要素を遠くへ寄せて山を立てる。このやり方があるので、《凱風快晴》は静かなのに圧が強いままです。

《神奈川沖浪裏》と並べると、北斎が何を引いて何を残したかがよく見えます

《神奈川沖浪裏》では、波、舟、富士がぶつかり合って画面に時間が生まれていました。ところが《凱風快晴》では、波も人物もなく、山と空の二層だけが残ります。

そのぶん、北斎が富士の輪郭や斜面の色の切り替えにどれだけ頼っているかがはっきりします。同じ《冨嶽三十六景》でも、こちらは出来事の絵ではなく、存在感そのものの絵です。

見るときは、頂上ではなく山裾から入る

雪をいただいた頂上から見ると、ただ整った山の図に見えやすいです。むしろ最初は、山裾の木の列、赤と青の境目、空の雲の帯を順に追う方が、この作品の強さがつかみやすくなります。

そうすると、《凱風快晴》は富士を説明する絵ではなく、空気の層で山を押し出す絵として見えてきます。

作品で見る

葛飾北斎《凱風快晴》
South Wind, Clear Sky (Red Fuji) / 葛飾北斎1830-1832年頃
富士だけで画面を成立させる北斎の版画。赤い山肌と雲の帯だけで、時間と天候が伝わってくる
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葛飾北斎《神奈川沖浪裏》
The Great Wave off Kanagawa / 葛飾北斎1831年頃
同じ連作でも、こちらは波と舟で時間が前へ出る。《凱風快晴》の静けさは、この差でいっそうはっきりする
画像を拡大画像出典
歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》
Sudden Shower over Shin-Ōhashi Bridge and Atake / 歌川広重1857年
天気の変化を線で押し出す広重と比べると、北斎が色面の切り替えで空気を見せていることがよくわかる
画像を拡大画像出典

よくある質問

なぜ《赤富士》と呼ばれるのですか?
富士が朝の光を受けて赤く見える現象を踏まえているからです。初秋の夜明けの富士と説明されることが多いです。
《神奈川沖浪裏》と同じシリーズですか?
はい。どちらも《冨嶽三十六景》の一枚です。同じ富士でも、こちらは出来事より存在感の方へ重心があります。
この絵はどこから見ると入りやすいですか?
頂上ではなく、山裾の木、赤い斜面、空の雲の順に追うと、北斎が空気の層で富士を立てていることがつかみやすくなります。

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