身体の部位は消え、進む方向だけが残る

頭らしい丸み、脚らしい長い面はあります。しかし輪郭をつないでも、一人の身体には戻りません。似た形がわずかに位置を変え、前の瞬間と後の瞬間が同じ場所で重なっています。

左上の明るい形から右下へ目を動かすと、身体の重心が一段ずつ落ちていきます。どこが膝かを当てることより、この下降を見失わないことが大切です。人の姿が崩れても、進む方向ははっきりしています。

キュビスムの面を、右下へ移動させた

身体を複数の面へ分ける点は、同時代のキュビスムとよく似ています。ただ、この絵の面は一か所へ組み直されず、右下へ流れます。正面や横から見た形に加え、時間の前後まで一枚に押し込みました。

反復する線は、運動や速度を好んだ未来派とも重なります。ただし画面は茶褐色に抑えられ、機械や都市の熱狂は出てきません。デュシャンは、歩くほどの速さを絵がどう受け止めるか試しています。

「裸体」なのに、性別も肌も消えている

西洋絵画の裸体像に期待されてきた肌、顔、ポーズは見当たりません。フィラデルフィア美術館の解説も、この作品が裸体の伝統的な美しさや官能性、識別できる性別を取り去ったと指摘しています。

残ったのは、階段を降りる運動です。走るほど速くなく、立ち止まるほど静かでもない。一段ごとに重心が落ちるため、形の重なりを目で追えます。ありふれた動作を選んだことで、運動そのものが主役になりました。

1912年、仲間は展示から外そうとした

1912年、パリの展覧会で審査に関わったキュビスムの仲間は、この作品を外そうとしました。フィラデルフィア美術館は、動きを描いたこと、階段上の裸体という題材、画面下の題名のいずれが問題だったかは断定していません。

翌1913年、ニューヨークのアーモリー・ショーでは強い反発を受けました。裸体と書いてあるのに人が見つからない。その食い違いが批判を招き、同時にデュシャンを挑発的な作家として知らしめます。

左上から右下へ、同じ角度を数える

左上から右下へ向かう線を一本見つけ、よく似た角度が何回現れるか数えてみます。長さと位置はわずかに変わり、階段の拍子をつくります。その斜線に沿って、明るい面の塊も下へ移ります。

最後に、画面下端の題名を読みます。斜めに進む身体と、段差を示す短い横線を追ったあとでは、文字の役割が変わります。説明書というより、見え方をひっくり返す仕掛けです。

作品で見る

マルセル・デュシャン《階段を降りる裸体 No.2》
Nude Descending a Staircase, No. 2 / マルセル・デュシャン1912年
似た面をずらして重ね、身体が一段ずつ下がる時間を示す。画面下には作品名も大文字で書かれている
画像を拡大画像出典
フアン・グリス《ピカソの肖像》
Portrait of Picasso / フアン・グリス1912年
同じ1912年のキュビスム作品。面はピカソの顔と身体を一か所へ組み直し、画面内を移動しない
画像を拡大画像出典
ウンベルト・ボッチョーニ《都会の喧騒》
The City Rises / ウンベルト・ボッチョーニ1910年
馬と人の身体が渦へ巻き込まれる未来派の都市画。茶褐色で静かなデュシャンとの温度差が大きい
画像を拡大画像出典

よくある質問

《階段を降りる裸体 No.2》はキュビスム作品ですか?
形を面へ分解する点ではキュビスムと強く結びつきます。ただし、その面が画面内を移動し、時間の前後まで重なる点が独特です。1912年にはキュビスムの仲間から展示を外そうとされました。
どうしてこんなに人がわかりにくいのですか?
一人の輪郭を固定せず、階段を降りる複数の瞬間を重ねたからです。顔や性別を消したことで、身体の個性より下降する運動が強く残ります。
最初はどこに目を置くと見えやすいですか?
左上から右下へ繰り返す斜線を探してください。そのまま画面下部の短い横線へ移ると、身体が段差へ足を下ろす動きを追えます。

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