中央の踊り手より、待っている人が気になる

この部屋には、踊り手と母親たちを含む二十数人の女性が集まっています。中央では一人が試験の姿勢を見せていますが、目は周囲のばらばらな身体にも引かれます。

あくびをこらえるような顔、腰をずらす姿勢、壁際で気をそらす人。全員が同じ緊張を保てないところまで描いたため、本番前の長い待ち時間が伝わります。

右端の教師が、部屋の緊張をつくる

右に立つ杖の人物は、著名なバレエ教師ジュール・ペローです。彼は大きく動いてはいませんが、部屋の視線を一方向へまとめる役になっています。

自由な稽古の記録に見えて、ここは評価の場でもあります。教師の正面に立つ一人も、順番を待つ少女たちも見られている。杖を持つペローの静かな姿が、部屋の端まで緊張を運びます。

傾いた遠近が、こちらを部屋へ押し込む

Met の音声解説が指摘するように、床は奥へ向かって強くせり上がります。壁際まで穏やかに見渡せず、観客の目は斜め奥へ滑ります。

その途中に白い衣装や椅子、待っている少女が置かれ、視線は何度も止まります。部屋の形を説明する遠近法が、そのまま人を観察する経路になっています。

画面端で切れた身体が、部屋の続きを想像させる

前景と左右の端では、人物の身体が途中で切れています。絵の枠に合わせて全員を収めなかったため、画面外にも人や動きが続いているように感じます。

この切り取り方は写真とよく結びつけて語られます。ただし、実際の構図は入念に調整されたものです。計算して人物を切ることで、たまたま部屋をのぞいたような瞬間をつくっています。

右端の教師から、左の待機列へ目を移す

右端のペローから入り、中央の踊り手を通って、左側で待つ少女たちへ視線を滑らせます。姿勢の張り方や目線を一人ずつ追うと、同じ部屋でも時間の過ごし方が違うと分かります。

華やかな舞台へ急がず、見る人と見られる人、踊る人と待つ人の関係を眺める。それが、この絵に漂う落ち着かなさを味わう近道です。

作品で見る

エドガー・ドガ《踊りの稽古場》
The Dance Class / エドガー・ドガ1874年
踊り手の試験と周囲の待機が同じ部屋に混ざり、本番前の時間そのものが主題になる
画像を拡大画像出典
エドガー・ドガ《フェルナンド座のミス・ララ》
Miss La La at the Cirque Fernando / エドガー・ドガ1879年
視線を急角度で持ち上げる構図を見ると、ドガが空間をどれほど意識的に歪めていたかがわかる
詳しく読む画像を拡大画像出典
エドゥアール・マネ《フォリー=ベルジェールのバー》
A Bar at the Folies-Bergère / エドゥアール・マネ1882年
同じ近代パリでも、マネが鏡で視線をずらすのに対し、ドガは待機する身体で部屋の時間を組み立てる
詳しく読む画像を拡大画像出典

よくある質問

《踊りの稽古場》は実際のレッスンをそのまま写した絵ですか?
現実の rehearsal 室を土台にしつつ、画面は意識的に組み立てられています。Met でも、ドガが前景の人物や中央の踊り手を調整しながら完成させたことが説明されています。
なぜこんなに『途中』に見えるのですか?
見せ場のポーズと同じ重さで、待つ人、疲れる人、気をそらす人が置かれているからです。部屋全体が、終わった場面ではなく進行中の時間に見えます。
どこから見ると部屋の動きが追いやすいですか?
右端のペローから入り、中央の踊り手を経て、左側の待つ人たちへ視線を流すと、評価の場としての緊張と部屋のリズムが追いやすくなります。

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次にできること

次に1本読むドガ入門:《踊りの稽古場》が“途中の瞬間”に見える理由

ドガの絵は、完成したポーズより“いま動いている最中”を見せてくれます。だからこそ、作品の中へこちらの視線が入り込みやすくなります。

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クロード・モネ《印象、日の出》

19世紀後半 / フランス

一瞬の光と日常を、絵の主役にした印象派

時代
19世紀後半のフランスを中心に広がった美術運動
起点
1874年、パリで開かれた第1回印象派展

港の霧に太陽が浮かび、木漏れ日が人々の服に落ち、踊り子は舞台裏で身体を休めます。印象派は神話や歴史の大事件に加え、移ろう光と同時代の日常を絵の中心へ置きました。モネ、ルノワール、ドガでは、同じ運動の中でも見る場所が違います。

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ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》

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美しいのに、なぜか怖い。5つの名画を見比べる

始まり
怖い、不思議、落ち着かないという第一印象
見る順番
視線、暗さ、空間、象徴の順に追う

名画は、いつも「美しい」から入らなくてもかまいません。少し怖い。なんとなく不思議。目が合うと落ち着かない。そう感じた場所には、作品を見る手がかりがあります。5つの名画を並べて、怖さや違和感がどこから来るのか確かめます。

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エドゥアール・マネ《オランピア》

作品ガイド

《オランピア》は、なぜ当時の観客を怒らせたのか

作品
エドゥアール・マネ《オランピア》
制作と発表
1863年制作、1865年のサロンに出品

白い寝台に横たわる女性が、こちらをまっすぐ見返しています。《オランピア》は、マネが1863年に描き、1865年のサロンへ出品した裸婦像です。モデルはヴィクトリーヌ・ムーラン。

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ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》

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《真珠の耳飾りの少女》が、少し怖く見える理由

作者
ヨハネス・フェルメール
制作年
1665年頃

暗い背景から、少女がふいにこちらを振り向きます。《真珠の耳飾りの少女》は、フェルメールが1665年頃に描いたトロニーで、特定人物を記録する正式な肖像画ではありません。

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エドガー・ドガ《フェルナンド座のミス・ララ》

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《フェルナンド座のミス・ララ》はなぜこんなに見上げる絵なのか? ドガがサーカスの屋根まで主役にした理由

この絵では、主役のアクロバットより先に、屋根の梁や窓の角度が目に入ります。ドガは演者だけを切り取るのでなく、観客が首を上げる感覚そのものを画面へ持ち込みました。見ていると少しめまいがするのは、その視点が下から上へ強く押し上げられているからです。

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ウジェーヌ・ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》

作品ガイド

《民衆を導く自由の女神》は、なぜ死者の上を進むのか

作品
ドラクロワ《民衆を導く自由の女神》
何革命?
1830年7月革命(7月27日から29日の「栄光の三日間」)

倒れた人々を踏み越え、三色旗を掲げた女性がこちらへ進んできます。ドラクロワが描いたのは1830年の7月革命です。中央の女性は「自由」に身体を与えた寓意像で、特定の参加者を描いた人物ではありません。

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