117センチの縦画面、その大半が屋根

中央を占めるのは、緑の梁、淡い窓、屋根を支える格子です。ナショナル・ギャラリーによると、ドガはミス・ララの姿勢以上に、複雑な天井の遠近を決めるのに苦心しました。

顔を読もうとしても、下からの角度に隠れて表情は見えません。代わりに屋根までの距離と、身体を支える一本のロープが目立ちます。人物を大きく描かずに、演技の危険を大きく見せる構図です。

ミス・ララの本名は、オルガ・ブラウン

1858年生まれのオルガ・ブラウンは、9歳から各地の一座で演じました。1879年から使った芸名がミス・ララです。「鉄の顎」と呼ばれる演目では、特製の革製マウスピースを歯で保持し、自分の体重を支えました。

ドガが見たのも1879年1月の公演です。何度か劇場へ通って素描し、両腕を反対方向へ伸ばす姿に整えました。身体の線は緑の梁と平行になり、人と建築が同じ斜線へ収まっています。

リングも客席も、画面の外へ切った

19世紀のサーカス画は、リングや観客を描くことが多いのに、この絵ではどちらも見えません。足元の基準を消したため、ミス・ララがどれほど高い場所にいるかは測れなくなります。

画面下から左上へ目を上げる動きは、客席で首を反らす動作に近づきます。演目全体の説明を捨て、その場にいた観客の身体感覚を選んだ切り取りです。

1879年の印象派展には、サーカスの天井も並んだ

完成した絵は、1879年の第4回印象派展に出品されました。描かれたフェルナンド座は1875年にパリのピガール広場近くへ建てられた、新しい都市の娯楽施設です。ドガの住まいからも遠くありませんでした。

同じ印象派展には、戸外の光を描く作品も並びました。ドガが選んだのは人工照明の下の演技と、複雑な屋根です。「印象派」を風景画だけで覚えるとこぼれてしまう、近代パリの一場面です。

左上の身体から、緑の梁を右下へたどる

左上のミス・ララから、身体と同じ角度で伸びる梁を右下へたどります。次は淡い窓の縁、細い屋根の格子へ移ってください。人物を囲む線が、どれも斜めに走っていることへ気づきます。

画面の下辺まで来たら、一気に人物へ戻ります。目は急角度で持ち上がり、首を反らした感覚がもう一度起こります。この往復が、静止した演技へ高さと緊張を戻します。

作品で見る

エドガー・ドガ《フェルナンド座のミス・ララ》
Miss La La at the Cirque Fernando / エドガー・ドガ(1879年)
縦長の画面の左上に演者を置き、床を切る。緑の梁と細いロープが、客席から天井までの距離を伝える
画像を拡大画像出典
エドガー・ドガ《踊りの稽古場》
The Dance Class / エドガー・ドガ(1874年)
人物を画面の端で切り、床板を斜めに走らせる。高い天井を見上げる《ミス・ララ》とは違う視点の実験
この作品の解説画像を拡大画像出典
エドゥアール・マネ《フォリー=ベルジェールのバー》
A Bar at the Folies-Bergère / エドゥアール・マネ(1882年)
鏡に映る客席と正面の人物がわずかにずれる。サーカスと劇場、二つの娯楽空間で視点の仕掛けを比べられる
この作品の解説画像を拡大画像出典

よくある質問

ミス・ララは実在の人ですか?
はい。1858年生まれのアンナ・アルベルティーネ・オルガ・ブラウンです。幼い頃からヨーロッパ各地で演じ、1879年からミス・ララの芸名を使いました。「鉄の顎」を得意にしたスターでした。
なぜこんなに見上げる構図なのですか?
観客席から見えた範囲を切り取っているためです。床とリングを外し、人物を左上へ寄せ、屋根を大きく入れました。高さを数字で示さなくても、首を反らすような感覚が起こります。
最初はどこから見るとよいですか?
左上のミス・ララを見つけ、身体から右下へ伸びる緑の梁をたどってください。画面の下辺から人物へ戻ると、ドガがつくった見上げる角度を追えます。

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