三作すべてを「神話画」とは呼ばない

《ヴィーナスの誕生》と《オイディプスとスフィンクス》は、古典神話の人物と場面を描いています。《接吻》は違います。そこにいるのは名のない男女で、特定の神話を再現した絵ではありません。

この違いを曖昧にせず並べるのが、今回の比較です。物語を直接描く二作と、金や装飾によって出来事を日常以上のものに見せる一作。どこまでを神話的と感じるか、その境目も見どころになります。

ボッティチェリ:誕生の瞬間を過ぎ、岸へ着くところ

題名とは少し違い、絵が示すのは誕生後、ヴィーナスがキプロス島へ着く場面です。左からゼピュロスと、おそらくアウラが風を送り、右では季節の女神ホーラが花柄の布を差し出します。

中央のヴィーナスは古代彫刻を思わせる姿勢を取り、長い輪郭線が髪から肩、脚へ流れます。まず貝殻の縁を横に追い、左右の人物が中央へ向ける動きを見る。静かに見える画面にも、風で押される力があります。

モロー:怪物を遠くに置かず、身体へ食いつかせる

モローのスフィンクスは台座や岩の上に座らず、オイディプスの胸へ爪を立てています。二人の目線はほぼ同じ高さでぶつかり、前景には過去の犠牲者の身体が残ります。謎解きの知識より先に、逃げ場のない距離が伝わります。

この作品は1864年のサロンでモローの名を広めました。古代の物語を説明するというより、人間と怪物が互いを値踏みする瞬間を大きく引き伸ばした絵です。背景よりも、二つの顔のあいだに残されたわずかな空間を見てください。

クリムト:神話の名がなくても、金が二人を日常から離す

《接吻》の男女に神話上の名前はありません。二人は花の咲く草地の端で抱き合い、その向こうには場所を特定できない暗い金色の空間が広がります。衣服の輪郭も、長方形や円を散らした一枚の装飾へ溶けていきます。

クリムトは金箔のほか、銀やプラチナも用いました。金は物語の証拠ではありませんが、画面を平らに見せながら、抱擁を荘厳なものへ変えます。神話画と呼ぶ必要はなくても、現実の一場面より大きく感じさせる働きは比較できます。

顔と顔の距離、背景の深さ、金の置き方を比べる

最初に顔の距離を比べます。ヴィーナスは一人で正面を向き、オイディプスとスフィンクスはにらみ合い、《接吻》では一方の顔が隠れます。次に、海岸、暗い岩場、金色の空間という背景の深さを見る。

最後に金を探すと、ボッティチェリでは髪や草の細部を光らせ、クリムトでは画面の大半を覆っていることに気づきます。『神話は時代ごとに変わる』と覚えるより、何が描かれ、何が描かれていないかを比べる方が、三作の違いは長く残ります。

作品で見る

サンドロ・ボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》
ヴィーナスの誕生 / サンドロ・ボッティチェリ1480年代半ば
風に運ばれたヴィーナスを、岸のホーラが迎える
画像を拡大画像出典
ギュスターヴ・モロー《オイディプスとスフィンクス》
オイディプスとスフィンクス / ギュスターヴ・モロー1864年
怪物と英雄を、息が触れそうな距離で対面させる
画像を拡大画像出典
グスタフ・クリムト《接吻》
接吻(The Kiss) / グスタフ・クリムト1908年
名のない男女を、金色の衣服と背景が一つに包む
画像を拡大画像出典

よくある質問

神話を知らないと比較は難しいですか?
難しくありません。最初は物語の詳細より、構図・色・人物の距離感を比べるだけで違いがわかってきます。
《接吻》は神話画に入りますか?
特定の古典神話を描いた作品ではありません。ここでは、金や装飾が名のない二人を日常から遠ざける比較対象として扱っています。
どの順番で見ると理解しやすい?
顔と顔の距離、背景の深さ、金の面積を三作で順に比べると、物語を知らなくても違いを確かめられます。

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